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デジタル版・新聞

高尾義彦のニュースコラム

春の四国路 お遍路さんが行く

 「お遍路さん」は春の季語である。徳島県鳴門市の霊山寺から、空海(弘法大師)ゆかりの四国八十八ヶ所の霊場を巡るお遍路さんは、白装束に「同行二人」と記した菅笠を身につけ、菜の花畑の道を行く姿が季節の風物詩となっている。新型コロナウイルスの影響で、人数が急減しているが、早く平常の姿に戻ってほしいと願う。

 

 徳島出身初の総理大臣だった三木武夫さんの実家は、阿波市土成町にある。その跡地に、お遍路さんが休憩できる東屋などが完成、記念碑とともに披露された。東屋は「同行二人」にちなんで二棟建てられ、木造家屋の屋根は遍路傘をモチーフにした。阿波市は生家跡を中心に「おもてなし公園」の整備を進める。

 

 落成の記念式典は、元首相の誕生日である3月17日に行われた。東屋の設計は、「四国八十八ヵ所ヘンロ小屋プロジェクト」(ヘンロプロジェクトと略す)を進める海陽町出身の建築家、歌一洋さん(72)。式典はヘンロプロジェクトを支援する会が主催した。

 

 お遍路さんを導く「先達」として活動し、ヘンロプロジェクトを支援する会に関わる元毎日新聞記者、梶川伸さんのレポートなどを参考に、遍路の由来をたどると、四国遍路は空海(774~835年)が修行した場所やゆかりの寺を巡る旅で、1200年を超える歴史を持つ。初期は京都の僧侶たちの修行の場だった。それが室町時代の応仁の乱(1467~78年)で京都の町が壊滅的に破壊された後、「聖(ひじり)」と呼ばれる仏教者の一部が四国に来て、遍路を大衆に紹介する役割を担った。大きなブームになったのは、長く鎖国が続き平和になった江戸時代で、伊勢参りや金毘羅参りと並んで、人気を集めた。

 

 最近では、本州と四国を結ぶ3本の橋が架けられ、旅行代理店が遍路ツアーを組むなど2004年頃に新たなピークを迎え、創設1200年の記念行事を経て現在に至っている。出発点の第一札所、霊山寺から88番目の大窪寺(香川県さぬき市)までのコースをたどる「歩き遍路」が原型だが、何回かに分けて遍路を重ねたり、旅行会社のツアーで好みのコースを巡るケースもある。最終目的地は、海を隔てた高野山(和歌山県)で、ここで空海の教えを体得し、大願成就することになる。

 

 四国を一周するお遍路さんにとって、何が魅力なのか。「都会の生活に疲れた時など精神的な病院のような感覚で四国にやってくる。四国の人たちには、そうした人々を受け入れる素地がある」と梶川さんは指摘し、「人と自然のそれぞれに触れ合い、その虜になる人も多い」とみる。

 

 その魅力の中で最も特徴的なのが「お接待」と呼ばれる四国の人々のおもてなしの心だろう。古くからお遍路さんを泊める「善根宿」があちこちに設けられ、一般の民家でも無料でお遍路さんを泊める文化が根づいてきた。ヘンロプロジェクトの歌さんが2000年にスタートさせたヘンロ小屋作りは、建築家として成功して「何か恩返しがしたい」と歩き遍路の宿泊施設を着想したお接待の気持ちが始まりだった。三木元首相の実家跡に建てられた東屋は57軒目で、89か所の建設を目指しているという。

 

 お接待は、道行くお遍路さんにお茶やお菓子、果物を提供したり、その土地、土地の善意がお遍路さんに向けられる。地元の人々も、お接待をすることで、心の修行になっているという仕組みかもしれない。

 

 お遍路さんはヘンロ小屋などに感想のメモを残して行くが、体験を記録した書物も多い。個人的に連句で世話になっている詩人、高橋順子さんは父親が愛媛県西条市出身の縁で、お遍路さんを体験し、『お遍路』という詩集を発表している。彼女のパートナーで一緒に巡った小説家、故・車谷長吉さんも『四国八十八ヶ所感情巡礼』を残した。

 

 最近出版された『無敗の男 中村喜四郎 全告白』(常井健一、文藝春秋)を読んで、ゼネコン汚職で有罪判決を受けて服役しながら衆議院選挙では茨城県で連続して無所属当選を続ける中村元建設相(元田中首相秘書)が八十八ヶ所巡りを2度、体験したことを知った。

 

 一度目は1997年の一審判決直前で、実兄と一緒だった。「40日間、1600キロを全部歩いて無罪を祈願した。裁判の結果は良くなかったけれど、本当に心の支えになった」と振り返る。2回目は04年夏で、高校生だった長男を連れてやはり全行程を40日間で回った。「普通は50日、60日かかる。凄まじい極限状態ですよ」と語る。中村議員はこのところ、野党の統一などを目指して政界で触媒的な活動に乗り出している。

 

 最初に触れた三木元首相宅跡地には、座右の銘「人無信不立(信無くば立たず)」と刻んだ御影石製の記念碑が立てられた。政治の世界はコロナウイルスに翻弄され、安倍首相は「桜を見る会」疑惑、恣意的な高検検事長の定年延長、森友問題を巡る公文書改竄に関わって自殺した元財務省職員の手記など「信」を問われるさまざまな課題に直面している。「先達」の教えを噛みしめ、お遍路さんの心にも思いを重ねてほしい。

 


高尾義彦 (たかお・よしひこ)

1945年、徳島県生まれ。東大文卒。69年毎日新聞入社。社会部在籍が長く、東京本社代表室長、常勤監査役、日本新聞インキ社長など歴任。著書は『陽気なピエロたちー田中角栄幻想の現場検証』『中坊公平の 追いつめる』『中坊公平の 修羅に入る』など。俳句・雑文集『無償の愛をつぶやくⅠ、Ⅱ』を自費出版。


 

(日刊サン 2020.04.7)

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