皇居のお濠、きれいな水に

 03/24/2020

 ジョギングの若者たちが横目に眺めながら駆け抜ける皇居のお濠(ほり)は、柳が芽吹く季節を迎えたが、時に水面から異臭が漂ってくる。玉川上水からの綺麗な水が循環していた時代とは異なり、アオコなどが繁殖し淀んだ水が異臭の原因となっている。東京五輪・パラリンピックを前に、訪れる観光客も多く、いま、水の専門家が水質浄化に向けて動き始めた取り組みを、広く知ってもらいたいと願う。

 

  筆者は皇居周辺を自転車で走るたびに、水面を泳ぐ白鳥が汚れそうな状態をなんとか改善してほしい、といつも感じてきた。たまたま、元東京都環境局職員で現在は社団法人水循環研究所の飯田輝男所長が環境セミナー「玉川上水の復活~皇居のお堀に真水を」を毎日新聞のメディアカフェで開催したことがきっかけで、飯田さんから詳しい話を聞いて、この計画をぜひ、実現させてほしいと運動を後押ししたい気持ちになった。

 

 歴史を振り返ると、江戸城の城郭が完成して約20年後の1654年、玉川上水が完成し多摩川の水が流された。江戸時代、玉川上水の流域には水田も多く、上質の水が千鳥ヶ淵など皇居のお濠に導かれた。1898年(明治32年)には、それまでの樋筋に替わって玉川上水からの鉄管(濠池管)が敷設され、安定的に綺麗な水が皇居のお濠に循環することになった。

 

 玉川上水は羽村堰で取水し、江戸時代には、水の流れによって気温にも好影響を与え、近年のような熱帯夜などの現象は出現しなかった。水田などから沁みこむ地下水も重要な水源だった。

 

 ところが300年以上にわたって江戸・東京の西から東へと流れ、皇居のお濠に日量約2トンのきれいな水を供給していた玉川上水は、東京五輪翌年の1965年に途切れることになる。それまで皇居に水を送っていた淀橋浄水場が廃止され、人口急増や工業生産増の対策として、浄水機能は東村山浄水場に移され、玉川上水の流れは小平までとなった。

 

 玉川上水はその後、1986年に清流が復活するが、四谷大木戸までは導水路が出来ているものの、皇居には供給されていない。皇居のお濠の水は、雨天時の排水や汚染水が千鳥ヶ淵に流入するなどの原因で悪化していった。千鳥ヶ淵はもともと川として江戸城をめぐるお濠の水源の役割を担っていたが、江戸城設計時に目指した水流の機能は、いまは失われている。

 

 アオコの発生はまず千鳥ヶ淵で確認され、増水時にはこれが下流の牛が淵濠、清水濠、大手濠へと汚染を広げる。比較的水質がいい桜田濠、二重橋濠、半蔵濠を除くお濠に汚染が目立つようになり、2008年には「陛下、皇居の濠が汚染されています」(清水政彦弁護士)という警告が文藝春秋に掲載されたほどだ。

 

 水質浄化のため、環境省は1995年に濠水浄化施設を皇居内に設置。これが老朽化した2013年には2代目を稼働させている。民間でも、三菱地所が2015年、大手門の目の前に建設したJX・タワービルの地下に浄水施設を設け、年間50万トンを目標に外苑濠の浄化に取り組んでいるが、根本的な解決には至っていない。

 

 昨年の夏、読売新聞は「水の都へ 清きお濠に」という記事を掲載した。小池百合子東京都知事は、東京五輪・パラリンピックを契機に玉川上水の流れを復活させ、お濠の水質を改善できれば素晴らしい遺産になる、とコメントを寄せている。

 

 この計画の具体策はまだ公表されていないが、四谷大木戸から皇居の内濠、外濠に導水管を設けて、玉川上水の綺麗な水を運ぶ、といったプランが検討されている。環境省も皇居外苑濠水環境改善計画を明らかにしている。

 

 冒頭で紹介した飯田さんたちのグループは、玉川上水によるお濠の浄化を目指して活動を進めてきたが、加えて地下水による供給効果も念頭に置き、水源涵養林の造成に永年にわたって力を注いできた。

 

 飯田さんらは「玉川上水復活のため、最も重要なのは水源の確保」と指摘する。水源となる多摩の森林は100年前には保水力などにすぐれた広葉樹林がほとんどだったが、昭和35年から46年にかけての拡大造林政策の結果、針葉樹林に劇的変化を遂げた、と研究レポートは深刻な現状を報告する。

 

 針葉樹とは、スギやヒノキであり、花粉症の原因にもなっている植林が、東京の水環境に手痛い変化をもたらしていた。多摩地区などには3万1,000ヘクタールのスギ、ヒノキの人工林があり、広葉樹への樹種変更により日量50万トンもの大きな流量を手にすることが出来る、と飯田さんたちは提案する。

 

 提案だけでなく、2005年にはスギなどの人工林2.2ヘクタールを伐採し、コナラ、カエデ、クリなど広葉樹4,000本を植樹したのを手始めに、ナショナルトラスト運動を手がけてきた。例えば小河内ダム周辺の林地を東京都水道局に買い上げてもらい、広葉樹化を進める計画に着手、山林の相続関係が不明なことなどネックはあるが、広葉樹林化は確かな歩みを始めている。

 

 小手先の水質浄化策ではなく、自然の営みと一体となった活動が、お濠の水を綺麗にしてくれる。

 


高尾義彦 (たかお・よしひこ)

1945年、徳島県生まれ。東大文卒。69年毎日新聞入社。社会部在籍が長く、東京本社代表室長、常勤監査役、日本新聞インキ社長など歴任。著書は『陽気なピエロたちー田中角栄幻想の現場検証』『中坊公平の 追いつめる』『中坊公平の 修羅に入る』など。俳句・雑文集『無償の愛をつぶやくⅠ、Ⅱ』を自費出版。


 

(日刊サン 2020.03.24)


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