連句の楽しみ 奥の細道330年

 12/14/2019

 今年は松尾芭蕉が「奥の細道」の旅に出発して330年。ゆかりの地や美術館では記念の行事や芭蕉展が開かれ、俳諧の歴史を振り返る機会が多かった。芭蕉が残してくれた俳諧の楽しみに、読者の皆さんも気楽に挑戦してほしいと考え、自分の体験を交えて、その魅力をお伝えしたい。

 

 俳諧は江戸時代に主に連句形式で楽しまれ、芭蕉などが宗匠として各地に出向き、指導に当たった。俳句は、俳諧連歌の発句である五七五を独立した文芸としてとらえて楽しむ形で、明治時代に入って、正岡子規によって確立された。しかし、ここでお勧めするのは「連句」と呼ばれる文芸形式で、江戸時代の文芸趣味や芭蕉の伝統を想いながら楽しみたい。

 

 連句の一般的形式は、五七五の発句、七七の脇句から始まり、長句(五七五)、短句(七七)を交互に36句詠み、これで一巻、三十六歌仙とする。気の合う仲間が車座になって酒など呑みながら、順次、前の句との関連、連想を大事にして想像力を働かせ、場面を飛躍させたり、共感を表明したり、一つ一つの句を重ねてゆく。句ごとに春、夏、秋、冬や花、月、恋などの座が定められ、定座に従ってその趣きを詠みこむ。逆に雑の定座では、季節を表す言葉など、ほかの定座と重なる表現は禁止される。これ以外にも細かな式目が定められているが、初心者はあまり厳しくない基本的ルールに従って、36句を展開することが長続きするコツかもしれない。

 

 我々は石川県の小学校で同級生だった3人でメールを活用して歌仙を楽しみ、すでに170巻を超えた。始めたのが2011年に起きた東日本大震災直前だから、9年近く句作を重ねた。それぞれ俳号として、河彦、柿亭、加忠と名乗り、その由来はといえば、筆者は隅田川沿いに住んでいるから、柿亭は自宅の庭の柿の木から名づけ、加忠は加賀の出身で、忠は本名の一字。

 

 例えば、170巻の冒頭はこんな感じだ。

【発句】 秋  一人旅 紅葉眺めて 頬を染め 河彦

【脇句】 秋  ポケット瓶に 気付の薬 加忠

【第三】 秋・月  一斗二斗 月を肴に 語らいて 柿亭

 

 最初の六句を「初折表」と呼び、固有名詞や神仏無常などは禁じられ、脇句は体言止めなどのルールがある。発句だけはなんでもあり。この巻では、本来のルールに加えて、「酒」という文字は使わないで、必ずお酒に関する句を詠む、という縛りを設けた。以下十二句を「初折裏」、その後の十二句を「名残表」、最後の六句を「名残裏」と呼び、挙句で完結する。メールでの展開なので、1週間から10日で巻き終わる。それぞれの句には、その句の説明と近況報告を添えている。

 

 三人歌仙を始めるにあたってお手本にしたのは、詩人高橋順子さんの著書『連句のたのしみ』(新潮選書)だった。著書を読むだけでなく、何度か三人の反省会にお招きして教えを乞うた。彼女は筆者と同じ時期に同じ大学の仏文専攻だったが、お互いに学生時代に顔を合わせた記憶はない。三人で歌仙を進めるうちに直接、話を聞きたいということになって連絡をとり、指導と反省の懇親の場が実現した。

 

 高橋さんは亡くなった作家車谷長吉さんのパートナーで、二人で連句を楽しむこともあったという。詩集や詩論の著作も多く、二人で四国八十八か所を巡り、車谷さんが著書「四国八十八ヶ所感情巡礼」(文藝春秋)を残している。

 

 連句のお手本となった書物では、大岡信、丸谷才一、岡野弘彦著「歌仙の愉しみ」(岩波新書)や石川淳、安東次男、丸谷才一の「歌仙」(青土社)などがある。「歌仙 一滴の宇宙」(思潮社・岡野弘彦、三浦雅士、長谷川櫂)も参考になる。我々はメールを活用しているが、かつては葉書に一句ずつ書いて順送りするといったのんびりした楽しみ方もあったようだ。

 

 筆者自身は、連句を始める前に俳句の愉しみに目を開かされた前史がある。先輩の元スポニチ社長、牧内節男さんがネット上で「銀座一丁目新聞」を発信、94歳の現在も月3回、いくつかのコラムを掲載・更新しているが、そのコーナーの一つに「銀座俳句道場」があった。

 

 俳句結社「自鳴鐘」主宰の現代俳句協会副会長、寺井谷子さんが選者で、毎月3句をメールで投稿、「天地人」など成績をつけて結果が公表される。2001年に始まった「道場」に参加して手ほどきを受けたのが、本格的に俳句を作るきっかけになった。

 

 自作の出来不出来はともかく、俳句を作るようになって、それまで気づかなかった季節の移ろいや心の動きに敏感になり、身の回りの環境でも、それまで見えていなかったものが見えるようになった。世界が広がったという感覚はとても貴重だと感じて、「道場」が10年で幕を閉じた後、ツィッターで俳句をつぶやくことを思いつき、ここ2年ほどは毎日一句を続けている。

 

 糸瓜見て 俳句の道を 追いかけて   河彦

 https://twitter.com/ytakao2

 これは正岡子規の終の棲家となった根岸の子規庵を訪れた時の一句。ゆったりと俳諧の世界を楽しんでいただきたいと、改めて読者の皆様にお勧めする。

 

 


高尾義彦 (たかお・よしひこ)

1945年、徳島県生まれ。東大文卒。69年毎日新聞入社。社会部在籍が長く、東京本社代表室長、常勤監査役、日本新聞インキ社長など歴任。著書は『陽気なピエロたちー田中角栄幻想の現場検証』『中坊公平の 追いつめる』『中坊公平の 修羅に入る』など。俳句・雑文集『無償の愛をつぶやくⅠ、Ⅱ』を自費出版。


 

 

 

(日刊サン 2019.12.10)


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