特捜IR捜査の光と影

 01/07/2020

 かつて日本最強の捜査機関といわれた東京地検特捜部が10年ぶりに国会議員を逮捕した。1976年のロッキード事件取材以来、その動向を見つめてきた筆者としては、ようやく「強い特捜」が戻ってきた、との感慨があるが、手離しで歓迎する訳にはいかない微妙な思いも交錯する。

 

 東京地検特捜部は12月25日、カジノを含む統合型リゾート(IR)事業への参入を目指していた中国企業から賄賂を受け取ったとして秋元司・自民党衆議院議員(48)=東京15区、逮捕後離党=を逮捕した。逮捕容疑は、IR事業を所管する副内閣相、副国土交通相だった2017年9月下旬、中国企業「500ドットコム」顧問ら3容疑者から現金300万円を受領したほか、18年2月中旬に北海道への家族招待旅行の旅費など70万円相当の利益供与を受けたとされる。

 

 現金は衆院議員会館で手渡されたとみられ、会館の事務所などが家宅捜索された。秋元議員は逮捕前に、「はした金は貰わねぇよ」と新聞の取材に答えていたが、特捜部は贈賄側の供述などから強制捜査に踏み切った。現職国会議員の逮捕は2010年1月以来のことだ。

 

 国政に直接的な影響を与えない配慮や国会開会中は国会議員に不逮捕特権があることを考慮して、臨時国会閉会後、2020年1月20日開会の通常国会までのタイミングを計算した特捜部らしい手法だった。収賄額300万円は、田中角栄元首相の収賄額が5億円とされたのに比べ、国会議員の事件ではやや格落ちの感もあるが、安倍政権が経済効果を宣伝している政策に切り込んだ捜査の展開は、衝撃的だ。

 

 特捜部の歴史を振り返ると、戦後最大の疑獄といわれたロッキード事件捜査の成功が、それまでの特捜部を変質させたといえる。約1年にわたった捜査の後、特捜は公判対策にかなりの時間と勢力を注ぎ、政界をターゲットとした捜査はしばらく表面化しなかった。特捜部が改めて始動した頃、法務・検察内部で特捜部の位置づけが変質した、と筆者は思う。

 

 特捜部は地道に証拠を追いかけ、政財官界の腐敗にメスを入れる職人集団的な組織だった。それがロッキード事件で脚光を浴びたことにより、特捜検事を経験することが組織内での出世につながると思い込む意識が生まれたのではないか。いわばロッキード事件の「負の遺産」である。

 

 この時期、検事による証拠捏造や強引な取り調べが表面化し、いくつかの事件が起きた。そのピークが2010年の郵便不正事件で発覚した大阪地検特捜部検事による証拠のフロッピーディスク改ざんだった。当時の検事総長が辞任に追い込まれた検察は、取り調べの可視化を目指して録音・録画を拡大、特捜部の体制見直しなどの改革を進めた。最近では、新たに捜査手法として司法取引を導入、ゴーン日産自動車元会長の逮捕(18年11月)に至った(保釈条件に反し年末に海外逃亡)。

 

 この10年間は、特捜が本来の職人集団として捜査技術を向上させ、政界捜査に切り込むための生みの苦しみの期間だったのかもしれない。

 

 「贈収賄にしても経済事犯にしても、検察の仕事は(社会の中に)溜まっている泥を取り除くだけ。そのあとに綺麗な水を流すか、またどぶにしてしまうのか。綺麗な水を流すのは主権者たる国民、あるいは政治家がやることです」

 

 これはロッキード事件の主任検事で第18代検事総長を務めた吉永祐介さんが総長在任中の1994年、日本記者クラブの会見で述べた言葉である。今回の捜査を受けて、政治家がどのようにIR問題に対処するのか、この言葉はいまも生きている。

 

 IR推進法(特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律)は2016年12月に成立し、カジノが日本で初めて解禁された。最初に法案を国会に提出したのは大阪を基盤とする日本維新の会だった(2013年)。大阪万博(2025年)に向けて会場となる夢洲地区をIR事業を展開する候補地として想定し、実現に熱意を示した。

 

 日本維新の会と安倍自民党は、大筋で改憲政策を共有し、改憲勢力の拡大を目指す自民党が維新の要望を受け入れたとの見方が当時、取りざたされた。IR整備法は2018年に成立、カジノ解禁の裏にはトランプ米大統領からの働きかけがあったとの風説もあり、安倍政権がカジノ解禁を進めた背景や思惑が国会の場で審議の対象となるかもしれない。

 

 IR問題で最大の懸念は、候補地として名乗りを上げている大阪府・市、和歌山県、長崎県と横浜市が想定する大きな経済効果が本当に実現性があるのか、という問題と、パチンコなどで問題になっている深刻な賭博依存症があげられる。

 

 最近、シネマ歌舞伎「刺青奇遇(ちょうはん)」を銀座・東劇で見た。長谷川伸原作、2008年上演の歌舞伎をカメラが追った作品だ。

 

 「博打をやめられない悲しい男の業」がリアルに描かれ、江戸時代以来、博打で身を持ち崩す人たちが絶えない世相を、改めて痛感した。IR事業にたけた米国などの外国資本が、日本人を賭博中毒にして、巨額の利益を収奪する近来来図は、見たくない。

 


高尾義彦 (たかお・よしひこ)

1945年、徳島県生まれ。東大文卒。69年毎日新聞入社。社会部在籍が長く、東京本社代表室長、常勤監査役、日本新聞インキ社長など歴任。著書は『陽気なピエロたちー田中角栄幻想の現場検証』『中坊公平の 追いつめる』『中坊公平の 修羅に入る』など。俳句・雑文集『無償の愛をつぶやくⅠ、Ⅱ』を自費出版。


 

 

 

(日刊サン 2020.01.07)


関連記事

関連記事はありません。



その他の記事