国家機密と新聞

 11/13/2019

 今年の夏に出版された『記者と国家 西山太吉の遺言』(岩波書店)を読んだ。沖縄返還交渉の裏に隠された密約電文を入手、報道して国家公務員法違反(秘密漏洩の教唆)に問われた元毎日新聞記者の「遺言」。今年88歳、50年近い時間が流れたが、「遺言」は特定秘密保護法や安保法制を推し進めてきた安倍政権に強く反省を迫り、政治報道で問われる新聞のあり方にも厳しく提言している。

 

 1972年に起訴され最高裁で有罪が確定した時点から、20世紀の終わり近くまで、西山さんは沈黙を守ってきた。事件について初めて本格的にインタビューに応じたのは、毎日新聞が1998年11月から2000年3月にかけて毎週1回のペースで連載した「21世紀への伝言 記者たちのメモワール」の取材だった。

 

 この企画は、主に第二次大戦後に起きた政治・経済・社会・文化・スポーツの大事件を取り上げ、事件当時に取材した記者を、後輩の記者が取材して歴史を語り継ぐ形式をとった。第1回は「長崎原爆」で、毎回、新聞の1ページを使って展開し、テーマによっては2回に分けて報告した。連載後は、分厚い単行本『歴史の現場―20世紀事件史』(毎日新聞社)として出版された。

 

 当時、編集局次長として連載のデスクを担当し、その過程で現役の政治部記者が、北九州市の西山さんを訪ね、4時間以上にわたるインタビューで、重い口から事件の意味などを聞き出した。 事件の概要を振り返ると、政治部に所属していた西山記者は、沖縄返還目前の72年4月、外務省女性事務官をそそのかして極秘電信文を手に入れたとして国家公務員法違反で事務官とともに逮捕された。一審は無罪だったが、最高裁で懲役4月執行猶予1年の刑が確定した。

 

 問題になったのは、米軍用地になっていた土地の返還にあたって原状に戻すための補償費400万ドルの扱いだった。支払い義務は米国にあったが米議会がこの支出を認めず交渉は難航し、最終的に秘密裏に日本が負担する「密約」が交わされ、国民には説明されなかった。

 

 入手した極秘電文には、こうした交渉経過が記録され、西山記者は、根拠は明かさず〝疑惑〟として報道した。しかし大きな問題にはならなかったため、電文を社会党衆院議員に委ねて国会で追及した。その際に電文の出所を政府側が知ることになり、事務官の名前も明らかになって、逮捕・起訴に至った。

 

 新聞社側にはニュースソースを守れなかった深刻な反省が残り、検察が起訴状に「ひそかに情を通じ」という異例の文言を使用したことから、世論は「密約」の存在そのものに対する批判より、男女関係を非難する方向に動いた。

 

 西山さんは後輩記者のインタビューに「いずれ公表される機密はそう問題にされない。しかし、国家が未来永劫隠し通していく不当秘密が漏れた時は、国家にとって恐怖だから捜査に入る。私の倫理的問題がプロパガンダされて、密約問題はすり替えられた」と語った。

 

 米軍沖縄基地には核兵器も存在すると推定されていたが、返還交渉にあたった佐藤栄作首相は「核抜き本土並み」というオブラートに包んだ表現で国会や国民に説明し、その裏の密約は検証されなかった。当時の記者は「佐藤内閣が本当に恐れたのは、西山記者が核密約まで探り出すことで、それを潰すための強制捜査」と推測する。

 

 この事件をモデルに、作家、山崎豊子さんはフィクションもまじえて小説『運命の人』を執筆し、テレビドラマ化された。「遺言」には、西山さん側の証人として法廷に出た渡邉恒雄・読売新聞グループ主筆との関係に触れたくだりもある。

 

 西山さんは、2000年に米国立公文書館が沖縄密約のすべてを開示したのを受けて、日本政府に密約の開示を求めて国家賠償請求訴訟を起こした。01年には日米交渉の最前線にいた吉野文六元アメリカ局長が、かつての偽証を一転して認め、日本側が原状回復費用を負担した「密約」の核心を証言した。

 

 情報公開法に基づく一連の訴訟過程で明るみに出たのは、国民を欺く日本政府の隠蔽体質だった。一審は勝訴したものの、高裁、最高裁では、返還交渉当時の記録は存在しないことを理由に、敗訴となった。司法は、「不存在」が政府による意図的な廃棄の結果であるとは認めず、西山さんは司法も本来の責務を果たさなかったと指摘する。

 

 西山さんは国会が特定秘密保護法案の審議をしていた2013年、参議院の委員会に参考人として出席し、安倍内閣の権力集中を批判した。著書でも、政府が国民に政治的決定の内容を明らかにしない姿勢を問題視して、声を上げてきた。

 

 「遺言」はその総括ともいうべき内容で、「権力乱用の実態を正確に捕捉することがいかに困難か」と述懐する。「記者として現実の報道に向き合うときは、すべて主権者たる国民に正確な事実を報告する義務がある」と、〝厳粛な使命感〟を強調している。

 

 安保法制や昨年来のモリカケ問題で安倍首相や政府が主権者に示した態度を顧みる時、西山さんの「遺言」は重い。

 

 


高尾義彦 (たかお・よしひこ)

1945年、徳島県生まれ。69年毎日新聞入社。社会部在籍が長く、東京本社代表室長、常勤監査役、日本新聞インキ社長など歴任。著書は『陽気なピエロたちー田中角栄幻想の現場検証』『中坊公平の 追いつめる』『中坊公平の 修羅に入る』など。俳句・雑文集『無償の愛をつぶやくⅠ、Ⅱ』を自費出版。


 

 

 

(日刊サン 2019.11.12)


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