凛とした女性たち

 11/30/2019

 日本女性の気高さと輝きを象徴するような2人の人物が、相次いで世を去りました。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のトップなどを務めて難民支援に奔走した緒方貞子さん(享年92歳)と、戦後を代表する女優の八千草薫さん(享年88歳)です。

 

 緒方さんには生前、何度かお目にかかりました。身長150センチほどの小柄な方でしたが、「5フィートの巨人」と呼ばれました。この地上で起きている不条理と絶えず戦い続けているような気迫をいつも感じたものです。「人間の安全保障」を唱え、4輪駆動車に乗って悪路の果ての危険な紛争地域や難民キャンプを訪れ、各国のエゴや、国連官僚たちの「ことなかれ主義」と向き合い続けました。クルド難民危機で、それまで支援の対象外とされた国内避難民を難民として認定して保護の対象としたのは、緒方さんの決断の賜(たまもの)であり、いまも語り継がれるレガシーです。

 

 しかし、彼女はけっして完璧なリーダーではありませんでした。1990年代後半のアフリカのルワンダ難民危機では、コンゴとタンザニアに逃れていた120万人の難民をルワンダに強制帰還させたために、多くの難民が虐殺や人権侵害の犠牲になり、緒方さんのトップとしての判断の誤りが厳しく問われたのです。緒方さんは終生、その決断を悔いていたように思います。「わたしは何もできなかった。世界は少しもよくなっていない」という嘆きの言葉を聞いたのは、5年ほど前のことでしたか。

 

 八千草さんはスクリーンの中でしかお目にかかれませんでしたが、歳を重ねても少女のようなあどけなさを失わない「永遠のマドンナ」の美しさに魅了されました。三船敏郎が主演した映画『宮本武蔵』でのお通役、テレビドラマ『岸辺のアルバム』での家族に隠れて不倫をする主婦役……。気高く清楚なイメージだけにとどまらない幅の広い演技が、彼女の真骨頂でした。

 

 けれども、もっとも印象深いのは、八千草薫という女性のシンの強さです。19歳も齢が離れ、2度の離婚経験を持つ映画監督の谷口千吉氏と、周囲の猛反対を押し切って結婚して世間を驚かせました。晩年のがんとの闘病でも、友人たちは彼女の気丈さと意志の強さに舌を巻いていたようです。

 

 彼女が夫とともに山歩きをしたり、キャッチボールをしたりして、笑い興じる姿はチャーミングでした。いまも脳裏から離れません。

 

 惜しまれながら亡くなった2人の女性に共通するのは「凛とした生き方」ということではないでしょうか。凛とした、といえば、わたしがすぐに思い起こす女性がもうひとり。

 

 米国で活躍するシンガーソングライターに矢野顕子(あきこ)さんがいます。彼女の母親は鈴木淳さんといって、もうずいぶん前に胃がんで亡くなったのですが、手術や延命のための治療も拒否したそうです。彼女が葬儀の参列者に向けて生前に用意した文面がちょっとすごい。

 

「この先は宇宙の塵(ちり)となり、自然の大環境の中に組み込まれ、やがて他の生命誕生に参加する事でしょう」

 

 聞けば彼女は歴代の会津藩主に仕えた武家の血筋らしく、さすがですね。

 

 でも、凛として生きている女性は、なにも名が知られた人に限りませんし、日本でもハワイでも市井(しせい)にたくさんいることでしょう。

 

 先日のテレビで、田園風景が広がる千葉県印西市から早朝、電車で1時間半かけて東京の大塚駅まで通う87歳のシズおばあちゃんのことを知りました。自家製のナスやトマトなどの農作物やモチを詰め込んだ風呂敷包みを手押し車に載せ、駅前の朝市で売って60年。常連さんはお待ちかね。「おばあちゃん、これいくら?」「ブロッコリーは200円、おいしいよ。これはおまけ」

 

 昭和20年代から30年代にかけて、風呂敷で包んだ大きな竹かごを背負って専用列車に乗り、都会へ行商にでかける女性たちは「カラス部隊」と呼ばれたそうです。いまでは、ほとんど姿を消しましたが、彼女たちが戦後日本の食糧難の時代を支えたのです。

 

 シズおばあちゃんの顔は汗に光り、凛として輝いていました。

 

 


 

木村伊量 (きむら・ただかず)

1953年、香川県生まれ。朝日新聞社入社。米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員、ワシントン特派員、論説委員、政治部長、東京本社編集局長、ヨーロッパ総局長などを経て、2012年に代表取締役社長に就任。退任後は英国セインズベリー日本藝術研究所シニア・フェローをつとめた後、2017年から国際医療福祉大学・大学院で近現代文明論などを講じる。2014年、英国エリザベス女王から大英帝国名誉勲章を受章。共著に「湾岸戦争と日本」「公共政策とメディア」など。大のハワイ好きで、これまで10回以上は訪問。


 

 

 

(日刊サン 2019.11.23)


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