京都の表千家から宗匠が来布 ハワイ日本文化センター茶室で『利休忌』開催

 04/19/2019

 日本茶には、煎茶や玉露、ほうじ茶などいろいろあり、世界中のカフェでは昨今、グリーンティラテが当たり前のように飲まれるほど大人気だ。このグリーンティの日本名は抹茶(まっちゃ)。煎茶などと同じ緑茶を臼で粉にしたもので、茶の湯の世界では、お湯を注ぎ、茶筅(ちゃせん)と呼ばれる道具で撹拌して飲まれてきた。そのたしなみを「お茶を点(た)てる」という。点てるとは、茶の味と香りを上手に引き出すことを意味している。

 

お茶の歴史は古く、8世紀平安時代にさかのぼる。中国より日本に伝播し、12世紀鎌倉時代の終わりに再び中国から抹茶が伝わり、薬用として用いられ、次第に喫茶の習慣が広がった。

 

15世紀室町時代には、室内を飾り、さまざまな道具を用いた茶の湯が成立。16世紀安土桃山時代に至り、千利休(せんのりきゅう、1522年〜1591年)が茶の湯を大成させた。

 

また茶の湯は日本の美術工芸を昇華させ、茶の湯で生まれた懐石料理や茶室建築も、日本の伝統文化の創造に大きく貢献してきた。

 

現在に伝わる茶の湯の基礎をつくった千利休は、今の大阪府堺市に生まれ、茶人として活躍した。織田信長、豊臣秀吉は茶の湯を好み、利休はこの二人の天下人の茶堂(さどう)として仕え、多くの大名にも影響を与えた。  利休が大成した茶の湯は、質素で落ち着いた趣のある「わび茶」で、日本ならではの風土の中で完成された。利休の没後、その茶の湯の心は表千家をはじめとし、裏千家、武者小路千家のいわゆる三千家に伝えられている。

 

茶の湯の世界では初祖、千利休の命日に際し、『利休忌』という大切な行事が毎年開催されている。ハワイでも京都から表千家家元教授の木村雅基宗匠がみえて4月13日、ハワイ日本文化センターのお茶室で利休忌の茶会が催された。木村宗匠は利休忌のことをこう説明してくれた。

 

「利休の命日は旧暦の2月28日でありますが、新暦に換算しますと3月か4月になります。京都の表千家家元では、ひと月遅れて、新暦3月27日に利休忌の行事が催されています。利休の流れを汲む門弟たちが一堂に集まって、床の間に利休の掛け軸などをかけ、利休が好んだといわれる菜の花を生け、利休に茶を供えます。そして一同で薄茶をいただき、利休の遺徳をしのぶのです」

 

ハワイの床の間には、利休画像の写しを掛けて、菜の花に見立てたチョイサムの黄色い花が飾られ、とても愛らしい雰囲気を醸していた。 「今回ハワイに来ましたのは、進学校としても有名なパシフィックブディストアカデミーが、茶の湯の授業を取り入れることになり、表千家が正式にお手伝いをすることになった協定締結のためでもあります。これからますますハワイの若い方に、茶の湯を通して日本の文化に触れていただきたいです」

 

茶会では木村宗匠が直々に薄茶のお点前をし、お客や門弟たちは普段見ることのできない、京都の家元直伝の所作を拝見することができた。

 

長い年月、家元の内弟子として修行を積んだものだけに許される、黒い十徳(じゅっとく)を着た木村宗匠のお点前は、淡々として水の流れるがごとく。淀みなくさらさらと進み、あとになにも残さない潔さ。所作がことさら人の目につくことは好まず、飾りけなく、簡素さの中に心がこもっていた。

 

お客さまは在ホノルル日本国総領事館の首席領事、裏千家ハワイ出張所駐在講師、ハワイ日本文化センター代表、ハワイ日系人連合協会理事長、ホノルルキリスト教会の牧師さんなど多彩。皆さんくつろいで和気藹々と、一期一会のお茶を愉しんでいた。 (取材・文 奥山夏実)

 

 

 

 

 グリーンティラテやマッチャアイスの人気もさることながら、ハワイでは茶道に対する関心も高まっている。昨年亡くなった樹木希林さんが茶道の師匠を演じた『日日是好日』はハワイでも上演され、ローカルの観客にも好評で「ティセレモニーを習いたい」という声も多かったという。

*表千家同門会ハワイ支部では、茶の湯を体験したい、お稽古を見学したい、習いたいという人を募っている。問い合わせは下記へ。

TEL:808-521-4139 (Atsuko Igarashi)

 

(日刊サン 2019.04.19)


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