そんたく 忖度 SONTAC?

 01/09/2020

 ずいぶん前の話ですが、旧知の米海軍の退役将校にインタビューしようとホノルルのホテルで会ったら、いきなり笑われました。「キムラさん、ハワイでネクタイしているのは弁護士と葬儀屋くらいのものですよ。日本の新聞記者も、堅苦しいお役人と変わらないね」。たしかに、周囲を見渡すと、ネクタイを締めてかしこまっている人なんていません。みんなアロハシャツ。

 

 なぜだか、外務大臣など務めた旧大蔵省出身の故柿沢弘治さんが書いて話題になった『霞ヶ関三丁目の大蔵官僚はメガネをかけたドブネズミといわれる挫折感に悩む凄いエリートたち から』という、やたら長ったらしいタイトルの本のことを、ふと思い出しました。そうだよなあ、ハワイにはさすがにドブネズミの背広男はいないよねえ。場違いルックを恥じ入ったものでした。

 

 でも、霞ヶ関の官僚が地味で冴えないドブネズミなんてイメージは今は昔。かわって、いまや高級官僚といえば、「忖度(そんたく)」に明け暮れて、身を粉にして、ときの政権やボスに忠誠を尽くす人たち、というイメージなのかもしれません。

 

 いわゆるモリカケ問題や、「桜を見る会」問題で、安倍首相らに代わって、いかにも苦しい国会答弁に立つ官僚の皆さんをテレビで見るにつけ、宮仕えゆえの悲しさに一分の同情も湧いてきます。でも、そう甘いことも言っておれません。公文書偽造や破棄といったハレンチな罪を犯してまで国民をあざむく「忖度」の正体はどこにありや。

 

 2017年の流行語大賞にもなって、いまではすっかりお馴染みの忖度という難しい言葉の意味を、改めて国語辞書であたると、「他人の心を推し量(はか)ること」とあります。英語では、GUESS, CONJECTURE, SPECULATEといった言葉があてられるようですが、うーん、どうも平板すぎてしっくりこないなあ。忖度という言葉の今日的用法には、へたに権力者や上司の怒りや恨みを買わないように、先回りして彼らの意向をくむ、といった「保身」の臭いを嗅ぎ取らざるをえません。

 

 昨夏の参議院選挙では、安倍首相や麻生財務大臣の地元の関門海峡を結ぶ道路の整備をめぐって、首相や財務大臣の意向を「忖度した」と発言したお粗末な政治家が世論の強い批判を浴びて、落選しました。「もの言えば唇寒し」の安倍一強、官邸支配といわれる異様な権力構造も大いに問題ですが、冷や飯を食う覚悟で権力に立ち向かう気骨のある政治家や官僚が、ほぼ見当たらなくなっていることも、この国の政治の停滞を招いている気がしてなりません。

 

 ただ、忖度は必ずしも現代社会に限った現象にあらず。歴史の中に深く刻まれてきたようです。鎌倉幕府打倒に失敗して隠岐島に流された後醍醐天皇の子息大塔宮(おうとうのみや)は、わずかな手勢とともに熊野に落ちのびたのですが、熊野市在住の歴史家桐村英一郎さんによると、地元の農家は幕府の「おとがめ」を恐れて、落人(おちゅうど)らが所望した粟モチの施しを断ったそうです。後にこの非礼を大いに恥じて、正月にはモチを食べないことにし、その風習は実に600年にわたり続いたとのこと。きっと、自分たちの忖度ぶりに嫌気がさしたのでしょうね。

 

 テレビドラマの「ドクターX」は、米倉涼子さん扮するフリーランスのすご腕外科医大門未知子が、権威へのおもねりやへつらいが渦巻く大学病院で、だれの意向もいっさい忖度せず、群れることなく、自由きままにふるまう痛快さがウリです。忖度社会ニッポンを多くの人々が実感しているからこそ、ぶっちぎりの視聴率の人気番組になったのでしょう。

 

 東京・新橋にある老舗和菓子店の「切腹最中(もなか)」が、得意先に詫びに参上する際の手土産としてサラリーマンの人気を博している、という話は聞いています。しかし、大阪で「忖度まんじゅう」という商品が誕生して、熱い支持を受けていたとは知りませんでした。さすが、このあたりの鋭い嗅覚(きゅうかく)は、人の心を巧みに忖度する大阪商人ならでは、でしょうか。

 

 ここまで世の中に忖度が広まってくると、ここはひとつ、英語でもふさわしい新語を造らねばなりますまい。ちょっと安直ですが、SONTACなんてどうでしょうか。あれ、世界有数の大手製薬会社の風邪薬に、たしかコンタックってありましたね。まぎらわしくて、訴えられたりすると、ちとまずいかな……。

 

 なんて、つい忖度してしまうわたしも、やっぱりまぎれもなく日本人でしょうか。

 

 


木村伊量 (きむら・ただかず)

1953年、香川県生まれ。朝日新聞社入社。米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員、ワシントン特派員、論説委員、政治部長、東京本社編集局長、ヨーロッパ総局長などを経て、2012年に代表取締役社長に就任。退任後は英国セインズベリー日本藝術研究所シニア・フェローをつとめた後、2017年から国際医療福祉大学・大学院で近現代文明論などを講じる。2014年、英国エリザベス女王から大英帝国名誉勲章を受章。共著に「湾岸戦争と日本」「公共政策とメディア」など。大のハワイ好きで、これまで10回以上は訪問。


 

(日刊サン 2020.1.4)


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