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デジタル版・新聞

インタビュー

遺骨鑑定を通して 日米の架け橋となった人類学者

 

戦後70年の節目の年となる今年。3月に在ホノルル日本国総領事館で在外公館長表彰を授与された林敦子さん。DPAAというアメリカの組織の中で、戦時中の捕虜や行方不明者の身元鑑定研究に関連した作業を行う唯一の日本人だ。彼女がどのような仕事をして、何を感じているのか、お話を伺った。

 

骨に刻まれたサイン

林さんが働いているのは、オアフ島のジョイント・ベース・パールハーバーヒッカム空軍基地の中にある米太平洋軍統合戦時捕虜行方不明者調査司令部の中央身元鑑定研究所(DPAA/CIL)。ここには戦地で捜索、回収された遺骨が集まっている。DPAAは、戦争で行方不明になったアメリカの兵士の遺骨を捜し、発掘して持ち帰り、身元を鑑定して遺族の元に帰すことを目的とする組織。林さんは研究員として、遺骨の選別やDNAによる身元特定に関する作業を行っている。 戦地となった場所で発掘した骨は、現地でまず人間か動物かを識別する。そして人骨と判断された遺骨を持ち帰り、性別、年齢、身長、地理的に世界のどの国のグループを先祖に持つ人間だったのかを判別し、外傷や歯の治療痕、さらにDNAによって身元を鑑定していく。

 

 

 

「骨はいろいろなサインを発して、情報を私たちに伝えてくれる」という。「骨盤の形は男性と女性で違います。年齢は、恥骨の一部に見られる形の変化によって推定されます」。さらに、頭蓋骨の形で、アジア、アフリカ、ポリネシア、アメリカ、ヨーロッパの人を見分ける。 17、18歳の遺骨であることも多い。「こんなに若いのに」と胸が痛むという。つい先日、パンチボールに眠っていた遺骨の鑑定を行った際に白い袋が見つかった。「その中に、パラフィン紙できれいに包まれた髪の毛が入っていました。恋人に渡してほしいというメッセージと一緒に…」。 たとえ小さな骨のかけらであっても修復して、その“人”を探るのが林さんの仕事だ。

 

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感無量の思いで渡した遺骨が日本に帰還

戦地にはさまざまな遺骨が混在している。旧日本軍兵士が爆弾を抱えて米軍の中に飛び込んで亡くなった場合などは、日本人とアメリカ人の遺骨が混在することが多い。DPAAで“米兵でない”と判別された遺骨から、林さんが日本人と見られる遺骨を選り分ける。今年4月には、厚生労働省の関係者が旧日本軍兵士の遺骨を引き取りに来た。毎年約1回、昨年は10月に来訪があった。今回はパプアニューギニア、タラワ、ウェーク島、沖縄、ソロモン島、フィリピン、サイパンから収集された遺骨、20柱を受け渡したという。 骨がどういう亡くなり方をしたのかを語っている。「あまりにもひどい亡くなり方だったので」と林さんは言葉を詰まらせる。「遺品の飯ごうに名前が書いてあったのです。“見つけてあげてください”と言って感無量の思いでお渡ししました。政府には国のために勇敢に戦った人間の故郷を探す責任があるんじゃないかなと思います」。できるなら「ご家族のもとに帰っていただきたい」というのが林さんの本音だ。

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日米の遺骨収集のゴールは違う

「日本とアメリカの遺骨収集ではゴールに違いがある」と林さんは語る。太平洋戦争の日本人戦没者は約310万人。日本本土以外で戦死した方は240万人に上る。このうち約127万柱の遺骨が収容されたが、半数近くは未だ戦地に残されている。 一方、アメリカの戦没者の数は約8万人だ。アメリカの組織であるDPAAの目的は、その8万人の個人の身元鑑定にある。それに対して、日本の厚生労働省の責務は旧日本軍兵士たちの遺骨を日本へ帰還させること。日本のゴールは身元鑑定ではない。 ここで問題が生じるという。日米が戦った地には日米両兵士の遺骨が混在している可能性が高い。さらにその多くは骨片となっているために肉眼での識別はほとんど不可能になる。そのためDPAAではすべてを持ち帰り、骨を修復しながら選別をし、それでもわからない場合はDNA鑑定を行う。そこから日本人の遺骨も発見されることから、戦後70年となる今でも日本へ帰ることができている。 ところが、日本では科学的な分析手段を用いての識別はなされていない。「その結果起こりうることは、旧日本軍兵士と混在している米兵のご遺骨は、日本に持ち帰られ、科学的な手段で識別されないまま火葬され、日本の地、千鳥が淵(千鳥ケ淵戦没者墓苑)に埋葬されることとなってしまいます」。火葬をするとDNAは破壊されてしまうため、米兵の遺骨は永遠に回収できない状態になるという。 「私の役目は、同じ戦いの場で亡くなって、そこに一緒に埋められている米兵が故郷ではないところに安置されるのを防ぐこと」。そのためにも遺骨収集には、科学に基づいた検査方法をするという法律を取り入れてほしいと訴えている。 「日本とアメリカの信頼関係を失いたくない。そのためにもこの部分を解決していかなくてはなりません」。これまでに日本の国会議員らがDPAAを訪問している。林さんは彼らに解決を訴え続けてきた。そして現在、数名の国会議員や遺骨から出生地を判定する論文研究を手がける防衛医大の染田英利教授、NPO法人JYMA日本青年遺骨収集団の赤木衛氏がこの問題について真剣に取り組み、国会で法制化を訴えている。次の国会で提案書が出される予定だという。

 

日本の若き人類学者を後継者として育てたい

そんな法制化を待ちわびる中、DPAAでの林さんの契約は今年6月に終了する予定だ。日本とアメリカの考え方の違いを肌で感じている林さん。「日本人なのに日本に対して何もできない」ともどかしさも感じる。「私一人の力では国を動かせない。でも、今後も自分ができる範囲で動いていきたい」という。 林さんはこれまでに修士論文で日本人の足の骨を使って身長を推定する式を発表したり、歯の計測によってその祖先を特定するという共同論文を発表している。さらに、解剖学的身長推定法の論文もまもなく出版予定だ。「これからはこうした論文発表を通して、日米の役に立ち、関係強化に貢献していきたい」と意気込みを語る。 そしてもうひとつ彼女の強いメッセージは「この問題に正面から挑戦しようとする若い日本の法医人類学者を後継者として育てたい」。 遺骨鑑定の研究を通して彼女が切り拓いた日本とアメリカのつながりは、両国の歴史と未来をつなぐ道。それを引き継ぎ、太いパイプにしていく次世代の人類学者が必要だ。 在外公館長表彰で日米の相互理解の促進に実績を残した功績を称えられた林さん。彼女の挑戦はまだまだ続く。

 

インタビュアー  大沢陽子

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