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デジタル版・新聞

インタビュー

インタビュー輝く人 ドリーム建設社長 岡本 宏 さん

日本への大学留学後に日本の親友が名づけ親になって誕生したコントラクター、『岡本宏』。“日本式”の丁寧な仕事ぶりに定評があるが、困ったお年寄りの家にはビス1本が取れただけでも駆けつける人情家。韓国、日本、NYなどを経てハワイで建設会社を設立して8年。ソウルでの生い立ちから、仕事を依頼するコツまでじっくり語ってもらった。

 

国境近くの兵役生活

僕は1960年10月生まれ、ねずみ年です。男3人兄弟で、僕は真ん中です。弟は不動産とカラオケ、兄はレストランを韓国でやっています。お父さんは日本で早稲田大学を出て、昔は中学校の先生でした。両親は「勉強しなさい」と厳しかったので、高校は良い学校に入りました。

 

でも入学してからは、遊びが好きで遊んでばっかり。ソウル大学に入ろうと思ったけど、落ちちゃいました。それで1年留年して軍隊に行ったんです。高校卒業して自分の行きたい時に行く人もいるし、国に呼ばれるまで待って行く人もいます。僕は呼ばれて行きました。軍隊に行った人と行かなかった人は会社に勤めた時、給料が違うんです。

 

もちろん行ったひとの方が高いです。軍隊では通信の教育を6ヶ月受けて、GOP(ボーダーの近く)に2年勤めました。団体生活なのでとても厳しかったです。夜中も先輩に起こされ殴られたり、何もしてないのに同級生が変なことしたら、皆起こされて集団責任です。

 

でも、厳しかったけど、軍隊に行ってよかったです。何か苦しい事があった時も「自分で生きて行ける」、そういう強さを学んだから。そのまま残って続ける人もいるけど、僕はこれで充分だと除隊しました(笑)

 

日本で大工の道へ

お父さんも日本に行ったから、僕も日本で大学に行こうと思いました。知り合いもいたし、日本での研修のおかげで日本人と仲が良かったので、「あぁ勉強しに行こう」と思ったんですよ。八王子の杏林大学に行きました。

 

最初は漫画で日本語を勉強しました。勉強しながら大工のアルバイトもしました。土日に大きな現場に行ってくぎを抜いたり、型枠を整理する仕事をしました。日本人に図面のやり方とか色々教えてもらいました。言葉ができたのですぐ理解できましたね。それがきっかけでゼネコンの会社から紹介され、下請けをもらいました。

 

小さな仕事を一生懸命やったら、次から次へと仕事がくるようになるんですよね。そのうち仕事が忙しくなって学校は2年ぐらいで辞めて、6年目ぐらいで自分のビジネスを始めました。

 

岡本工務店を設立

岡本っていう名前は日本人の友達がつけてくれたんです。日本にいたら日本の名前が必要だって。「何にする?」って聞いたら、「お前は岡本宏がいい」って。韓国の人と話をする時は韓国の名前を使うけど、日本の名前を知っているので今は韓国人にも「岡本宏」って言ってます。

 

韓国の名前はJung Changです。アメリカの名前は持ってないです(笑)。自分の会社「岡本工務店」を始めて、戸田建設と清水建設などの下請けとか、全部取ってやってたんです。だから5年半やって従業員が50人位いたんですよね。でも、なぜ僕がその会社を潰したかというと、日本は手形が本当に厳しいんですよね。

 

手形を割って自分の従業員の給料払ったら、僕の給料がなくなっちゃうんです。最初は15%、今度は20%って引かれるんですよ。これじゃあ食べていけない。日本人も良い人とたくさん知り合いましたし、手形をもらわなかったらずっと日本にいたし、成功してたかもしれません(笑)

 

オーストラリア、ニューヨークを経てハワイへ

その後、友達にオリンピックを見に行こうと誘われてオーストラリアに行ったんです。そこで「働いてみないか?」と言われ、建築の仕事をしました。日本で建築をやってたからどこでも認めてくれました。日本は地震も多いし日本人の作業はとても丁寧だから。

 

オーストラリアは古い家が多くて、レンガとか100年以上建っている家も多かったです。でもビザが2年しか取れなくて、結局諦めました。ゴールドコーストの海はとても奇麗でしたよ。それから、アメリカに行ってみようと思ってニューヨークへ行きました。2002年の秋頃でした。ところがニューヨークは寒くていられなかった(笑)。6ヶ月いたんだけど、ソウルよりもっと寒いし、雪ももっと降るし。いろんな所に行って、ハワイに来ました。

 

ハワイは温かいし、友達に東洋人はハワイが良いと言われたので。最初はワイキキにある韓国の大工会社で働きました。ハワイのやり方や、ハワイではどういう国の大工会社で働材料を使うか覚えないといけないから。3年経って自信ができて自分で事業を始めようと思って2006年ぐらいに「ドリーム建設」を作りました。

 

いい仕事はいい職人探しから

良い仕事をするには、自分が全部やるわけじゃないから良い職人が必要です。僕は色んな業者を使って、あっちの業者とこっちの業者って2人を競争させるようにしてます。プラミングも全部。それは日本で習いました。でも最初は苦労しました。使ってみたら何もできない人もいました。そういう時はお金を払って損しても、早く辞めさせました。

 

だってお客さんに恥ずかしいから。僕は日本の建築も知ってるから、きちんとやらなくちゃって思います。日本はしっかりしていて丁寧です。2人の職人を使うことは、お互いの向上に繋がります。それに僕が行けない時にも、2人に電話したらどちらかがすぐに行けます。職人達はみんなよく集まって飲んだりするので、お互いに仲が良いです。途中で辞める人はいないですね。

 

「お金は後でください」がモットー

僕はいつも「お金は後でください」と言います。全部仕事を奇麗に出来て、気に入ったらくださいと。気に入らなかったら、くれなくてもいいと。僕そういうタイプなんです。くれなかったらどこかで一杯飲んで、お金使ったと思えばいいやって思うんです。お客さんは「エ~すごい」って言いますけど、僕はその方がいいと思ってます。

 

仕事には自信があります。トラブルは無いですね。でも一度、日本人からお金をもらわなかった事がありました。「家を売るから直してね」と言われて、タイルとか壁とか3000ドル位の見積もりで、「直したら、お金ください」と言って始めました。

 

その後、その依頼人が日本に行ったきり帰ってこなくて、郵便物がたまっていて、そのうち違う人が住み始めました。僕が韓国人だから、なめられちゃうんじゃないですかね。日本人だけじゃなくて、韓国人もそういう人はいます。みんな同じです。その後、役所に知り合いがいるので調べてもらって、お金は回収しましたけど。

 

思い出の仕事と苦い経験

一番思い出に残っている仕事は、ニウバレーで5年ぐらい前に直した家です。300万ドルで買った家を直すのに、200万ドルかかったみたいです。それが全部収まらなくて、途中で止めちゃったんです。それで僕がきれいに直したんです。スイミングプールとかジャグジーとか、パーミットも全部出して奇麗に直しました。

 

それが終わって隣の家から「うちもやってください」と言われて、30万ドルの仕事を取りました。最初のきっかけは日刊サンからのお客さんで、そこから紹介してもらって…。だからいつも有り難いと思ってます。一番困ったことは、ワイアラエの家で庭の掃除屋さんが辞めてしまって、「岡本さん、知り合いがいたら紹介して」と言われた時です。

 

フィリピン人の掃除屋さんと出会うことがたくさんあるので、名刺をもらった人を時々紹介したりしています。今までは問題が起きたことは無かったのですが、この時はフィリピン人がおばあちゃんをだまして、お金を取って仕事に来なくなってしまったんです。

 

「芝を全部取って新しく入れるのに、最初は1500ドルと言われて、その後また600ドルと言われた」と。え~だまされたな…と思いましたよ。「何で契約書もらわないで、お金最初に渡しちゃったの?」と聞いたら、「岡本さんを信じてお金を渡した」って言うんです。それが一番ショックでした。

 

そのおばあちゃんはいつもしっかりしている方で、大丈夫だと思ってたのに。可哀想だし苦しいです。僕の信用はつぶれちゃいまいたよ。ハワイはいろんな国から来て、いろんな人がいるから難しいです。

 

仕事を依頼する時のコツ

リノベーションする時のデザインとか、流行のタイルの色だとか、僕はいろんな所に見に行きます。日曜日にオープンハウスに行って、写真を撮って勉強してます。タイルもタイル屋さんに行って、一枚ずつ買うんです。それをお客さんに並べて見せて、どれがいいですかと。

 

とりあえずお客さんが選ばないといけない。それが一番ですから。タイル一枚じゃイメージできないから、絵を見せるんです。お客さんが理解できるようにしています。僕は出来上がりが全部頭に入ってるけど、お客さんはわからないですよね。お客さんは自分がやりたいことをはっきり言ってくれるのが、一番やりやすいです。

 

こういう色とか、こういう風にしたいとちゃんと決めてる人がいいですね。決められない時は、全部任せてほしいです。迷ってペイントの色を途中で変えたりするのは、大変ですから。窓やドアなどのスペシャルオーダーだと、メインランドから取り寄せるので時間がかかる時もあるけど、それ以外は納期に必ず終わらせてます。

 

日本人も英語ができる人がたくさんいるけど、細かいことを説明するのは難しいですよね。韓国人も同じなんですけど、「この人、言葉が下手だな」ってアメリカ人が思ったら、なめられちゃうんですよね。お金も先に払わされて、「これで終わり」って道具しまって帰っちゃう人もいるんですよ。それが一番気をつけること。お金、全部払っちゃだめよ。仕事みてから、順々に払わないと。日本人はお金持ってると思われるから、騙されちゃだめよ。

 

ビス1本で、お金はもらえません

KZOOラジオに出てたとき、おばあちゃんから見積もりにきてくださいと言われ、「椅子のビスが一本はずれちゃったので、留めてくれませんか?」と依頼されました。「いくら払えばいいですか?」と聞かれて、「いい、いい、タダで」って。スクリュー1本留めてお金もらったら、それ恥ずかしいじゃない。大した仕事もしてないのに。

 

僕はその時ポルシェで行ったんですよ。僕にとっては簡単な仕事だけど、おばあちゃんにとっては大変なことなんです。エバまでドアを直しに行ったこともあります。ガソリン代もかかるし大変だけど、大きな仕事も小さな仕事も関係ない。電話がきたら、やってあげないわけにはいかないですから。それに小さな仕事が大きな仕事になることもありますから、おろそかにできません。

 

実際に請け負った工事改築、キッチン・バス・ラナイの 増築、内装リフォーム、外構工事

before

 

after

1942年に立てられた一戸建て                                            改築、内装リフォームがすべて完了

 

 

 

 

現場は必ず自分の目で

従業員に任せている仕事も、僕は毎日終わったら必ず現場を見に行きます。タバコの火、それが一番恐いよ。日本はタバコを捨てる所はちゃんとあるし、水も用意されてる。でもここは違う。タバコ吸って足で消してそれで仕事する。それが一番恐いよ。電気屋や水道屋やタイル屋さん…色んな人が来るから。

 

僕は「こんなことしちゃダメよ」と言うけど、聞かないんですよ。だから毎日チェックして回るんです。 仕事以外の楽しみは、毎週土曜日のゴルフです。それが一番の楽しみ。ハンディキャップは15位。韓国料理も好きだけど、日本料理も全部好き。良く行くお店は和田レストラン、居酒屋心、キムカツです。

 

丸亀うどんは安くて早くておいしい。焼き鳥屋さんも行きます。つくねやさんとか。韓国のお店でいくのは、ソラボルですね。雰囲気も良いし味もいい。ボドナムチップも行きます。でも、焼肉ソウルが一番美味しいですね。

 

14年ぶりの再会

これからの夢は、家を買ってそれを売ったりしたいんです。今住んでるところは、小ちゃいアパートを買ったんだけど、違うアパートにまた応募してあるんです。それを元に何とかして家を何件か買って人に貸してあげて、そこから僕の年金のお金が出るようにしなくちゃ。 お母さんが明日ハワイに来るんですよ。お兄ちゃんと一緒に来ます。お母さんはソウルで商売やってて、時々電話で話したりしてるんですけど、14年ぶりに会うんです。楽しみです。何してあげようかな。ハワイ1周いきたいな。

 

ハワイに来てくれたお母さん(アンさん:写真中央)、とお兄さん(ジョンさん:写真右)

 

岡本 宏 (おかもと ひろし・Jung Chang)

1960年韓国ソウル生まれ。韓国で兵役を終えた後サムソン電子に入社、日本に技術研修を受けるために何度も訪れるうちに日本に留学することを決意する。90年代に日本で独立し「岡本工務店」を設立。約6年間、大手ゼネコンの事業に携わる。オーストラリア、ニューヨークを経てハワイへ移住。コントラクターの免許を取得後、2006年「ドリーム建設」を設立し、現在に至る。

 

インタビューを終えて

初めてお会いした岡本さん、噂には聞いていましたが、とても物腰おだやかで気さくな方でした。建築関係の方というと豪気で荒っぽい人が多いのでは?と勝手に思い込んでいましたが、実は建築という仕事は丁寧さと慎重さがものすごく要求されるものなのだと気付かされました。

 

つまずくことがあっても気持ちをぱっと切換え、くよくよ悩むことなく果敢に次の行動を起こすダイナミックさ、そして困ったときに周りの人からいつも支えられていることがわかり、人望のある方なのだなと思いました。長く経験を積んでも決しておごることなく謙虚で、繊細さと大らかさを併せ持つ岡本さん、これからもハワイで多くのお客さんの夢を叶え、喜ばせてほしいです。

 

故郷の家族のもとを離れ、遠くハワイでビジネスを成功させてきた彼の静かな内なる闘いを、これからも応援させていただきたいと思います。

 

(日刊サン:村田祐子)

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