【インタビュー 輝く人】書家 角川 爽流 さん

 03/09/2013

占いで始まったハワイの書道教室

-ハワイの人たちに通信教育を始められたきっかけは何だったのでしょうか。

ハワイで教えるようになったきっかけは、たまたま誕生祝いで行った銀座の占い師の人に、「ハワイでボランティアをしなさい。 海のそばに行った方が運が開きますよ」と言われたことなのです。 実は、それよりも何年か前に、ミネソタ大 学に留学していた友人に頼まれて、ミネソタの日系人に通信教育で書道を教えていたことがあったのですが、いろいろと手続きが複雑で、長続きしなかったのですね。そのことで、後ろめたさが心に残っていたので、その埋め合わせをしたいという気持ちもありました。

 

ーどうやってマキキ教会で教えるように なられたのですか。

ハワイで教えたいとは思ったのですが、教える場所がなかったのです。 ところが、諦めかけていた頃に、「賂詑(らくだ)」という雑誌の中で、日系二世が集っている写真が掲載されていたのを見つけ て、それがたまたまマキキ聖城教会だったのです。 それで、「ハワイにはたまにしか行けないのですが、通信教育で書道教室をやらせていただけませんか?」と問い合わせたところ、快く引き受けていただいたのです。今年 の6月でちょうど6年になります。

 

2009年1月に来布した角川先生(左より4人目)

 

ー通信教育は、何人ぐらいで、どのよう な方法で行われるのですか。

弟子は、今10人ちよっとです。もちろん、マキキ教会の信者さんが多いですが、キリスト教の信者ばかりではありません。必ずしも全員が毎回送ってくれるわけではないので、コンスタントに送ってくるの は、5人ぐらいですね。 皆さん月に2回、教会で集まって、一緒に 書いて、それをまとめて日本に送ってくるの です。それを私が見て、朱を入れて、送り返 しています。 教科書があって、それを順番にやって添削して返すだけでもいいのですが、人間的 な接触がないと続かないので、添削の他 に、弟子の一人一人に半紙一枚に筆でお手紙を書いで送り返しています。 途中でやめられる方もいらっしゃいます が、長く続けて下さる方も多いです。当初 は、返事を書いてくれる人はいませんでし たが、そのうち、お子さんのお母さんとか、 お世話をしてくれる人がコメントを書いて くれるようになってきました。

 

-月謝はいくらぐらいですか。

月謝は頂いていないのですが、今は通信 費を払っていただいています。ですから、郵送料と道具代だけですね。 初心者もいますが、分からない人には長くやっているお弟子さんが代稽古のような かたちで手伝ってくれています。 通信教育を続けていると、実際には会っ たことがなくてもよく知っているような気持ちになっていて、会ったことがなくても、 既に知り合いだったような感覚になってし まいます。だから、今は2年に1回ほどハワ イに来ていますが、初対面の弟子とも、ちっ とも違和感を感じません。

 

-お弟子さんは日本人だけですか。

日本語を話す方がほとんどですが、英語 圏の人も楽しげに書いてくれていますよ 。日本語の漢字を書いていますね。時には文字 の配置を反対に書いたりしていますが、漢字のバランスは、外国人にもわかるようで す。書道は案外おしゃれでクールなイメージで、それが好きで始めることが多いよう です。ですから、本格的にやる人は少ないだ ろうと思います。でも、中には、筆で英語の 手紙を書いてくる人もいるんですよ 。

 

-ハワイについてはどう感じられますか。

実は、ハワイに来ても、マキキ教会で教え ているだけで、他のことは何もせずに帰っ ているので、あまりよくわからないのです が、ハワイの人たちはとても好きです。あと、 気候も好きですし、皆さんフレンドリ ーで、 良い方が多いように感じます。 書道教室も、教会の人たちの協力がなけ れば、始めることも続けることもできなかっ たことです。

 

「継続は力」がモットー

-ここまで続いた秘訣はなんでしょう。

こつこつと続けるということ、継続は力だ というのは、仕事をしながら大学に行って いた時に学んだのです。これまで、35年間 で、200人以上の人たちに教えてきました。 あとは、周りにお世話をしてくれる人たち がいるので、続けて来られたのですね。ハワ イの教室も、これまで6年間続けてきて、ほ んとうにやってよかったと思います。 お弟子さんに対しては、粘り強くやらな いと育たないのですが、こちらが続けてい れば、向こうから応えてくれるものがあるの です。 そういう意味でも、お手本だけを送って のやり取りでは、一生懸命書かないだろう と思い、手紙を書き続けています。みんな、 手紙を喜んでくれているようです。

 

-苦労されたことは何ですか。

書道を続けるには、お金がかかるので、 それとの戦いで、経済的に苦労しました。 書道教室を開いて、教えるだけにすればよかったのですが、毎日展の会員になれば 年会費も高くなるし、断った方がいいのか、 迷ったこともあります。そんなシステムに反発を感じてやめようかと思ったこともあり ます。 ただ、そこでどうなるかを考えた時に、い つもできる範囲で目一杯努力するほうがい いだろうと思いました。 弟子を育てる時に手抜きをしたら、上達 することができなくなります。ですから、や はり継続は力なのです。

 

-ハワイには、ご主人も一緒にいらっしゃるのですか。

最初にハワイに来たときは、一緒に来てくれたのですが、飛行機に長時間乗るのが 苦手だったり、ゴルフをする以外は退屈な のだそうで最近は一緒には来ません。 今は会社を定年退職して、自宅で翻訳の 仕事をしていますが、私の書道教室につい てはとてもよく理解してくれています。こん なに協力してくれる主人はいないですね。

実は、最近になって、娘たちと一緒に暮らすことになって、埼玉から千葉に引っ越し たので、お弟子さんを整理してしまったの で、今は日本にあまりお弟子さんがいない のです。とこるが、書道を続けるには、結構お金もかかる 。ですから、主人がスポンサ ーなのです。そのうち地元でも教えられるようになるだろうという希望をいだきなが らやっています。 日本では、今は、孫の友達と前に住んで いた埼玉の古い生徒たち、近所の人たちに 教えています。

 

-もともと海外の人に教えるのにも興味があったのですか。

春日部に住んでいた時に、ジェット・プログラムという日本政府のプログラムで、外 国から日本に英語教師のアシスタントとし て来ている外国人達が、あまり面白いこと がなくて帰ってしまうので、お習字で交流し てはどうかと始めたのです。 我が家によんで、食事をしながら書道を しました 。これはとても好評だったのです が、残念ながら、千葉に引っ越した時にや めざるをえなかったのです。 外国人に日本文化を教えることには興 味がありますし、人間にも興味があります。

 

-書道を通して目指していることは何で しょう。

ある程度のレベルになって、師範になっ たら、もう上達する必要はないのではない かと思うかもしれませんが、弟子を育てて いるうちに目も肥えてくるから、やはりもっ と上達したいと思うようになるのです。人を 育てるには、自分も勉強しないといけない と思います。刺激になるし、「教えつつ、自分 も育ちつつ」というのが理想です。 師範となる人を育てたいと思っています が、なかなか余裕がありません。ハワイの教 室については、一番弟子が完全に一人で 指導できるようになって、私が70オになっ た時に、マキキ教会で展覧会をやりたいと いうのが理想です。 そして、ハワイにもう少し長く滞在できれ ばいいですね。

 

 

 

 


角川爽流(つのかわそうりゅう)

本名角川絹代。東京出身。小学2年の時に、清和会の書道教 室に入会。中学、高校時代のブランクを経て、就職後に再入 会。25オで師範の免許を取り、書道教室を主宰。2007年 から通信教育を利用して、ボランティアでハワイのマキキ教 会の書道教室「爽洋会」を主宰し、ハワイの人々に書道を教 えている。毎日書道会会員。清和書道会理事。


 

インタビューを終えて

私が先生の教室と出会ったのは6年前の9月、たまたま同じ職場で働いていた方に紹介 され、マキキ教会を訪れたのがきっかけでした。子どもの頃、高校生まで10年習っていまし たが、約20年ぶりの書道、懐かしさと楽しさがよみがえり、以来今も書いています。 高校生になって三道からデザインの世界に興味をもってしまい、グラフィックデザイナー として社会に出ましたが、デザインの仕事に書の勉強がとても役立っていたことに気付かさ れました。書もデザインも「意味のあるもの」を美しく伝達する、という共通点を感じます。 視覚的なパランス感覚がみがかれる書道、その表現力の豊かさを、先生から学ぶことが できたのは、とても幸運なことだと思っています。 ハワイでの教室を維持していくため1こは、ねばり強くその魅力を伝えていくことが大事に なるでしょう。まさに「継続は力」です。自分も成長しつつ、先生の夢の実現をお手伝いする ペく、ライフワークとしての書道を、これからも続けていきたいです。

日刊サンデザイン担当 村田祐子

 

 

(日刊サン 2013.03.09)

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