【インタビュー 輝く人】声楽家 飯島俊美さん

 06/08/2013

あの美しい満開の桜は一生忘れない

俊美さん

「桜を見に行こう。」と夫が誘ってくれたのが、手術をして4ヶ月後の春でした。家族で山 梨県笛吹市にある石和温泉に行きました。 見事に咲き誇った美しい桜でした。その満開の桜を見ながら、衝撃的な事実を知りました。年が越せるかわからない、越せたとしても桜を見られるかわからないと宣告されていたと。夫の目には涙が溢れていました。私に 「桜見られたね」「うん、見られた」 「良かったね」「うん、良かった…来年も、これからもずっと一緒に見るからね…」と約束をしました。隠し事をしない夫が私に初めて嘘をっき、私を気遣いながら、桜の時季を迎えるまでの夫の気持ちを思うと、優しい嘘があまりにも切なくて、ありがとうでは言い尽くせない感謝の気持ちで胸がい っぱいになりました。 露天風呂から富士山を臨み、眼下に広がる桜を見ながら、思わず 「さくらさくら」を歌ったんです。 「私、生きている。」と改めて感じ、1日1日を大切に生きていかなくてはと思いました。あの美しい満開の桜は一生 忘れません。

 

歌とハワイは特効薬

俊美さん

日刊サンに書いているコラムのタイトル のとおり、私にとって 「歌とハワイは特効薬 」なんです。家の中ではいつもハワイアンを聴いています。ウクレレや波の音を聴きながら、コナコーヒーを入れてその香りで癒されるだけで幸せ。副作用で味覚障害になり、水やコーヒーは苦くて渋くて飲めなかったので、香りでハワイを感じていました。 そんな私への夫からの処方箋はハワイ に行くことでした。ハワイが本当に好きで80回以上通っている私にとって、ハワイ全 体がパワースポットであり、この空気の中にいるのが入院なんです。

 

辛い副作用に耐える日々の中で「6クールが終わったらハワイに行くから。」という夫の美味しい処方箋の言葉を聞いたとき、子供のように喜んだんですよ。あと何回、と抗がん剤治療の回数を指折り数えて、6クールが終わった時家に戻らず病院から成田空港へ直行しました。その数時間前までは病院で苦しさと闘っていたのに…。 ハワイではダイヤモンドヘッドに登りました。夫と手をつないでゆっくりと進んで登りきれたんです。高いところからパワ一を全部いただきたいという気持ちで、頂上で両手を全部広げた時は感無景でした。

 

良一さん

病院や家にいる時に、あまりにも辛そうで、喜ぶことをして気を紛らわせたら少しでも楽になれるのではないかと思いました。私は医者ではないので治療することはできません。メンタルな部分で前向きになれるように、そういう環境を整えてあげることしかできないと思ったのです。妻にとっては、ハワイに行くことが一番のこ·褒美で、一番喜ぷことなので、「行こう!」と言った瞬間、小学校の子供が次の日に遠足に行くような笑顔に変わったんです。そして辛い抗がん 剤の治療をなんとか乗り越えてくれました。 本来は外に行くことはできない状態でしたから、担当医と相談して状況によっては行けなくなることを承知で決めたことでした。 2010年の5月末、最初の手術から半年でハワイヘ行ったことは、担当医も驚いていました。

 

彼女がそこまで快復したのは、全てに対して前向きな気持ちで生きているからだと思います。ネガティブなことは一切口に出さないんです。もし逆で私がそういう立場だったら、絶対無理でした。それほど壮絶な闘いでした。それを隣りで見ていて、何もできないのが辛かったですね。 5年後の生存率が7%と本人が知った後、 「その7%に入ればいいんでしょ。」と悲観ではなく、前向きな考え方で生きてきているので、本当に頭が下がる思いです。 こうした状況では自殺を考えたり、なん で私だけがと考えてしまったりすることも多い中、常に笑顔で接してくれるので、その点では楽でもあり、もっとぶつけてくれればいいのにとも思い複雑な気持ちでした。

 

 

病気をして知った“普通”のありがたさ

俊美さん

その後の検査で、肺に再発が確認されました。ようやく髪が3~4cm伸びてきた時でしたが、受け入れるしかありませんでした。抗がん剤治療の前に再びハワイを訪れ、今度はハワイから戻ってきたまま入院をしました。この年も病院で年を越しました。 翌年2011年10月には肝臓に転移が見つかり、12月の仕事納めを待って手術のため入院。3年連続クリスマスとお正月を病院で過こしました。肝臓の7%とその真下にあ った胆のうも全摘しました。3ヶ月は安静だ ったのですが、生徒さんたちには胆石があるということにして講座に指導へ行きました。

 

病気をして一番わかったことは普通のありがたさなんです。自分のことが自分でできることは当たり前と思われますが、それはありがたいことです。食べる、歩く、テレビを見る、目覚めることがどれだけ貴重でありがたいことか。小鳥の声が聞こえて、今日も元気に目覚めたことが嬉しいと思えるようになりました。 そして、人の気持ちがよく見えるようになりました。夫がいつも言うのは「for me」ではなく「for you」の精神です。こうしてほしいではなくて、あなたに何をしたら一番喜んでもらえるか。これだけやってあげているのにではなくて、本当に愛している人が喜ぶにはどうすればいいかを考えて生活していると自然と通じるものがあるんです。

 

病気になって初めて気付かされることが多く、日刊サンのコラムを通して知り合った方からのお便りで、私たちが元気を与えられているということも知りました。殆ど毎日 ハワイの読者の方からのメールや手紙で私自身もハワイの空気を感じながらパワーを頂き嬉しい限りなんです。そしてハワイでの癌友とのメールの最後にも、「今日も極上の笑顔と沢山のありがとうで楽しく過こ してね…♪」とお互い打ち込むんです。これからも、病気の方とその周りの家族の方に元気と勇気を与えられたらいいねと夫と話しています。

 

多くの方にご意見やご感想、悩みごと等を聞かせて下されば嬉しいので mahalo.hawaiian1043@gmail.comにぜひメールください。お待ちしています。

 

良一さん

実際に病んでいる方の話を聞かれることはあると思いますが、周りで支えている人間の気持ちはまた違います。ご本人以上に辛いこともあると思いますし、周りの方々の気持ちはこ本人にも伝わってしまいます。ご家族の方に前向きに明るく生きていただきたい、エールを送りたいと思っています。少しでもそういうお手伝いをしたいというのが、今の私たちの新たな目標になりました。 5年後の生存率が7%と言われてからまだ3年。ひとつの区切りである5年まで後l 年半あります。医者からは完治はないと言われていますが、根治と言って元を絶つことができる可能性はあると言われています。 初めて手術をする時に、感電の恐れがあるので、妻の結婚指輪を預かったのですが、その後の手術もありましたし、私がずっと身に付けていることにしました。 5年経った時に、これを彼女の薬指にはめて、もう1回プロポーズをして、ハワイで挙式したいを思っています。それは2014年の12月です。

 


飯島俊美(いいじまとしみ)

声楽家。山梨県生まれ。国立音楽大学·音 楽学部・声楽科卒業。イタリアオペラ、イ夕リア歌曲、日本歌曲を学ぷ。現在日本放送 協会、NHK学園「みんなでハーモニー」声 楽講師。NHK学園主催「音楽のひととき」 など多数演奏会出演し好評を得る。
他に、テレピ・ラジオにおけるCMソング出 演。ハワイ「KZOO水曜日ナイトシャッフル」 出演。CAI教育センター・日本においてジェ ネラルマネージャーを務める。 mahalo.hawaiian1043@gmail.com

 

ご主人 飯島良一(りょういち)さん
CAI教育センター 代表取締役
Mahala Hawaiian l 043LTD 代表取締役


 

(日刊サン 2013.06.08)

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