【インタビュー輝く人】画家 グラバー由美子さん

 09/28/2013

就職、結婚、出産を経て、ハワイ大学へ編入。美術の勉強を基本から勉強し直す。その後、メイドや女子高校生の制服姿に関連した一大産業を背景とする日本の社会現象を表現した“浮世の萌え要素”をシリーズで制作し、ホノルル美術館主催の公募展「アーティスツ・オブ・ハワイ2013」に約340人の応募者の中から選ばれる。妻であり、母であり、アーティストとして活躍する、輝く人。

ライター :みなみようこ

 

 

日本独特の社会現象の背景には歴史や経済的な要素あると感じ、それを表現したいと思いました

 

 

本格的に絵の勉強をすることは半分夢のように思っていた

子どもの頃から絵を描くことが一番好きなことでした。最初は漫画を真似て描いていて、小学校高学年から中学生にかけては、表紙を色鉛筆でカラーにしたシリーズを月刊で描き、クラスの女の子たちに回して読んでもらっていました。恋愛ものの少 女漫画で、先日同窓会で同級生に会ったときに 「楽しみにしていた」と言われて、懐か しく思い出しました。

 

小学校の高学年のときは印象派の絵が 大好きでした。色に対してとても興味があったんです。印象派は色がきれいですよね。図工の写生で海の絵を描きなさいと言われると、海や船を印象派風に真似をして描いていました(笑)。透明感が水彩の特徴なのですが、すっと描かずに点で色を乗せていくように分厚く盛り上げて描いていた のを覚えています。

 

県の絵画コンテストで入選したりもしていたのですが、両親は趣味で終わるものだろうと思っていたようです。私自身も、美大 に行って美術の勉強をしたいと心では思ってみたものの、当時は周りにもそのような例はなく、先生も両親も趣味の範囲だと解釈していたので、諦めて県内の短大に行きました。 短大を卒業した後は、東京で一般企業に就職して事務職をしていました。

 

会社の転勤でロサンゼルスで2年半働いた後、さらに転勤でハワイに来ました。20歳代半ばでした。その後景気が悪くなり、勤務していた会 社はハワイを引き上げたのですが、私はそ のままハワイヘ残って転職をしました。ロサンゼルスでは、アダルト・コミュニティスクールで彫刻のクラスを取ったこともありますが、普段仕事をしていると、なか なか絵を描く機会はなく、絵のことも忘れるようになっていました。

 

ハ ワイでホノルル美術館の向かいにある ア カデミー・アーツ・センター・リネコナ(現ホノルル・ミュージアム・オブ・アート・スクー ル)で、夜や週末に成人向けのアートのクラ スを取ったときは、先生たちの技術的レベ ルと自分との差を目の当たりにして愕然としました。いつか先生のように描けるようにな りたい、いっか復学したいとひそかに思っていました。

 

ただ、フルタイムで働いていた当時、大学に行くことは現実的にあり得ないこ とで、半分夢のように思っていました。 この頃は、ワードウェアハウスにあったペットブティックで、お客さんのペットの似顔絵をオイルパステルで描いていました。5年間に描いた、犬や猫、烏は合わせて数百枚になりました。ペットオーナーさんたちと接していると、可愛く描いてほしいという ペットを愛する気持ちが伝わってきて、それに少しでも近づけるよう工夫をしたりして楽しく描いていました。

 

 

結婚と出産を経てハワイ大学へ

11年前に結婚を機に退職し、間もなく妊娠をして、出産後3年は育児に専念していました。この3年間は絵を描く余裕は全くありませんでした。3歳になったときに息子をプリスクールに入れることになって、 少し時間ができるようになり、「もしかしたら今のタイミングでできるかもしれない!」と思い、ハワイ大学に入りました。

 

大学に行って最初に感じたのは、これまで友人や小中嵩校で絵が上手と言われて嬉しかったレベルと正式に学ぶのでは かなりのギャップがあるということです。自分の絵はなんて下手なんだろうと思いました。すべて1からのスタートでした。18歳や19歳という若い世代のクラスメイトと比べて、私の場合この年齢で今から勉強をして、ちゃんと描けるのはいつになる のだろうと焦りを感じました。

 

できる限りの時間でいろいろなことを学 びました。人物画を極めたかったので、同じクラスを何回も取り直したり、必須単位ではなくても必要と思ったクラスを積極的に取りました。大学の夏休み期間は、カネ オヘにあるウィンドワード・コミュニティカレッジの夏季集中コースに適いました。毎 日朝の9時から夕方4時まで週40時間を6週間、ルネッサンス式の油絵とデッサンを 学ぶクラスで、ミケランジェロやダヴィンチが確立した19世紀ヨ ーロッパの人物画技法を勉強しました。

 

自宅からバスを乗り 継いで片道1時間半の道のりでした。 とにかく上手になりたかったんです。人物画は基本のデッサンがちゃんとしないと、そこから抽象画などへ崩していってもやはりおかしくなってしまうんです。まずは基本です。 実は、アメリカでは基本よりも表現力やコンセプトが一番大事で求められています。日本では、作品がビジュアル的に魅力的であれば、無題で説明がなくても受け入れられます。

 

あまり説明が多すぎる作品は、逆にくどく感じられたりしますよね。反対に、アメリカは理論、コンセプト主義。大 学でもまず題材を決めたらリサーチをし、コンセプトを立ち上げて、それに関する論文を書いて、それらが受け入れられてやっと作品にかかるというクラスもたくさんあり ました。

 

でも理論的ですばらしいコンセプトができても、技術が伴っていないと、出来上がったときに作品が魅力的でなくなってしまう気がしました。みんなそこで苦しんでいます。そうならないためにも、やはり基本をがんばろうと思いました。もちろん、コンセプトを追求することで、見たままを描いたも のよりも作品に深みが出るので、コンセプトと技術が共存している作品が理想です。

 

学校でしか描けない大きなサイズは、他 の学生は学校に泊り込んで徹夜で描いていましたが、私には子どもがいて帰る時間も決まっていたので、休憩している暇もなく集中して描いていました。今もその集中力が役立っているように感じます。時間分担をして描くのが私流です。 ハワイ大学には2007年から4年間通い、2011年に卒業しました。

 

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