【インタビュー輝く人】小説家・アーティスト 沙真〜Sachika〜さん

 05/25/2013

地元福岡の伝統工芸を世界に伝えたい

私が生まれた九州の福岡市は、自然が多くて、海と山もすぐ近くにあるところが魅力だと感じています。なんといっても、食べ物が美味しいんです。海の幸も山の幸も美味 しい。そんな地元が好きで離れられません。

 

自分が住んでいる福岡県には伝統工芸もたくさんあるということにも気づいて、さ らに意識が変わりました。それを知らずに育ってきたのですが、小説を出した18歳の 時にいろいろな方たちとの出会いが増えて、伝統工芸の匠の方たちにも出会ったんです。

 

着物や相撲の化粧回しにも使われてい る博多織、畳やゴザのい草、クシなどで知られる黄楊(ツゲ)、ガラスのビードロなど、 福岡にはたくさんの伝統工芸があります。 これらの工場を見学させていただいた時、 伝統工芸は自然とつながつていると強く感じました。

 

例えば、博多織の糸は蚕という虫から糸ができていて、その糸は自然の草木 で染められています。い草は、い草という草 を作ってそこから積んで編んでいくいもの です。 博多織は770年の歴史を持っていますが、長い歴史を持つ伝統工芸は、その歴史 の中に今まで代々継がれてきた物語が隠 されているということを知った時、非常に興味深く感じ、これを知らないのはもったいないと思ったんです。

 

福岡にはこういうもの があるということを、日本中の人たちや海 外の人たちにも伝えてい<ことが大切だと思いました。同時に、福岡に住んでいる自分たちも、伝統工芸を通して自然から守ら れているということであり、伝統からも守ら れているということを感じました。

 

そして、 「自然献上18e」というプランド を立てました。「守られている、だから守っていきたい」をコンセプトにして、自分のデ ザインをきっかけに博多から世界へ伝統を 発信したいと思ったのです。デザインは徳川将軍家に献上された博多献上という角ばった堅いイメージの柄と、花や雪などの自然をモチーフにした柄 を謙合させて、自然献上というオリジナル柄をデザインしました。

 

そのデザインで博多織のお財布や名刺入れ、パソコンケ一スやデジカメケ一スを作りました。い草では、 iPadケ一スやパソコンマットを作り、自然献上柄にハートを組み合わせました。黄楊 のクシやペンダントも、若い方にも手にとってもらいやすいようなデザインにしました。

 

伝統工芸の方々にお話を伺い、それぞれ の伝統工芸に物語が感じられた時、自分はフ ァンタジーが書けるので、商品ひとつひとつにミニ物語をつけたら、若い人たちが入 っていきやすいのではないかと思い、伝統 工芸のそれぞれに物語を付けることにしま した。

 

博多織は「ハチポーン物語」という織物の妖精と機を織る男の子の物語、い草には、い草と風の妖精の物語「ポポプル物語」 というふうに物語を商品に添えています。 それを手にした方から、今までと違った伝 統工芸の見方が出来たというお声もいた だきました。

 

い草のパソコンマット

 

伝統と聞くと堅いイメージがあ るかもしれませんが、物語から入ってい<ことで興味を持っていただけたり、そこにある 歴史も知っていただけたらと思っています。 福岡の野球球団である 「福岡ソフトバンクホークス」とはコラボレーションでキャップを作りました。博多織のオリジナルの自然献上柄とつばの後るにい草を使った帽子 です。

 

日本では伝統工芸を受け継いでいく人 たちが少なくなっています。なくしてしまってから、再び同じことを再生するのは難し いと思います。遠い昔から、今ここまでつながっているものは失いたくない。

 

い草の国産をしている商店もわずかです。それ以外は輸入されたい草になってきているのですが、国産と輸入品とでは香りも何もかも全く違うのです。い草は空気洗浄をしてくれます。パソコンマットやiPadケ一スは、電磁波 を吸収してくれるい草の効果を期待して作 ったものです。

 

気軽に使いやすい新しいデザインをすることで、身の回りで使えるもの をこれからも作っていきたいと思います。 ハワイの伝統工芸では、ハワイアンキルトなどがありますが、その柄も自然のもの で、ひとっひとつに意味がありますよね。そういうところが博多織と似ているので、福 岡の伝統とハワイの伝統のコラボレーショ ンもできたらいいなと思っています。

 

 

東日本被災地支援読本の刊行

「しろくまのほね」という本は2011年に出版しました。東日本大震災が起きた時 に自分に何ができるのだろうと考えていた のですが、何も浮かばず、自分ができることがわかりませんでした。ある日ニュー スを見ていた時、それまではずっと暗い内容だっ た中で、桜が咲いてその桜を見た被災地の 方々が笑顔になっていたのを目にしたんで す。

 

その時、自分が今できることは、物語を 書くこと書き続けることだと思いました。 ふと12歳の時に書いた小説を読み直し てみたら、今では書けない感情や自然のあ りのままのことをストレートに書いていまし た。忘れていた気持ちを再び呼び起こしてくれて、忘れられないけれど大事なことが あるのではないかと感じたので、その物語に少し書き加えて、22歳の時に思った感情 の詩を一緒にして 「しろくまのほね」として出しました。

 

最初に出版された「私は一本の木に恋をした」 (左)と、

東日本大震災を 機に刊行された「しろく まのほね」

 

この本は、自然との対話を書いたもので す。自然について学んだのは子どもの頃から何度も行っている竹富島で、子どもたちが満ち潮のことや日が沈む時間などを知っていて、彼らは自然と共に生きているという生活スタイルをありのまま見せてくれまし た。

 

自然は癒してくれる部分もあるけれど偉大であって、畏敬の念というか踏み込ん ではいけない部分もあるという、12歳の時に感じた想いを書いていた本なので、東日 本被災地支援読本として刊行させていた だき、こちらの売上の一部を被災地に寄付する形にしています。

 

この本を被災地へ届けたいと思ってから9ヶ月後にようやく知り合いの方のこ紹介などで想いが繋がり、「しろくまのほね」50 冊と 「私は一本の木に恋をした」20冊、そし て70枚の手紙を被災地の小中学校に届け ることができました。本を贈るという小さなことでも大変なことで、被災地へ支援をし たくても、そのルートをつくることもすぐに できることではないということを行動してみて初めて知りました。

 

 

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