サンクスギビングデーの雑学 由来や歴史、七面鳥を食べる理由は……?

 11/24/2019

 他に、入植者のサンクスギビングに招かれたワンパノアグ族の人々が野生の七面鳥を持参したことにちなんでいるという説もあります。アメリカ大陸の中央から東海岸にかけて野生の七面鳥が多く生息しているため、先住民族たちは、七面鳥を捕らえて常食していたようです。

 また、大勢の人が集まるサンクスギビングの食卓では七面鳥が手っ取り早いからという説も。チキンや牛肉を大量に調理するのは時間や手間ががかかりますが、七面鳥なら1羽をそのまま調理すればよいので簡単、というわけですね。

 

 

MEMO

グレイビーソースとは?

 グレイビーソースとは、ビーフやチキンなどの出汁をベースにして作られるソースです。18世紀のイギリスでは、グレイビーソースは基本的なソースでした。作り方は「多少の肉、タマネギ、スパイス類を茶色くなるまで炒め、小麦粉と水を加えて煮込む」というもの。現代のグレイビーソースは、ソテーなどを調理した後のフライパンに残った肉汁を一旦取り出し、ワインやビール、水などを加えて沸騰させ、炒めた小麦粉と取り出した肉汁を足しながら滑らかにしたものが一般的。基本のグレービーソースに牛乳や生クリーム、野菜ジュース、小さく刻んで火を通した肉などを加えるなど、さまざまなバリエーションもあるようです。

 

大統領による七面鳥の恩赦 “Turkey Pardon”

 

ケネディ大統領が暗殺される 4日前のエピソード

 1963年、第35代大統領のジョン・F・ケネディに ”Good Eatin’, Mr. President”というメッセージを首から下げた七面鳥が贈られたものの、ケネディはそれを食べなかったというエピソードがあります。ケネディは、暗殺される4日前の11月18日に重さが25kgもあったその七面鳥を農場に返し、食べずに飼育するよう頼んだとされています。この出来事は、ワシントン・ポスト紙とロサンゼルス・タイムズ紙によって「恩赦」と呼ばれました。

 

レーガン大統領が慣習化

 七面鳥に公式に「恩赦」を出した最初の大統領は、第40代大統領のロナルド・レーガンでした。1980年代半ば、アメリカ政府は、イランに武器を売却して得た収益をニカラグアで反政府戦争を行なっていた反共ゲリラに与えた事件「イラン・コントラ事件」の主要人物に対し、恩赦を与えるかどうかという問題を抱えていました。レーガンは、これについてのマスコミからの質問を逸らすための冗談として、サンクスギビングの七面鳥の恩赦を思い立ったといいます。  1989年、第43代大統領に就任したジョージ・ブッシュは、「七面鳥の恩赦」をホワイトハウスの公式行事の1つに制定しました。ブッシュ元大統領は当初、七面鳥を恩赦する際、「容認する」「生かし続ける」「容赦する」という表現を使いましたが、のちにスピーチライターが「大統領の恩赦」というフレーズを原稿に入れたとされています。以来、毎年大統領に贈られる七面鳥の少なくとも1羽は恩赦されて農場に運ばれ、余生を送るようになりました。

 

サンクスギビングデーに七面鳥を恩赦するレーガン元大統領(1983年)

 

恩赦された七面鳥はその後どこへ?

 恩赦された幸運な七面鳥は、2004年まではバージニア州フェアファックス郡にあるフライパン農場公園に送られていました。 2005〜2009年には、カリフォルニア州のディズニーランド、フロリダ州のウォルト・ディズニー・ワールド・リゾートに送られ、ディズニーで行われたサンクスギビングデー・パレードでは、恩赦された七面鳥が名誉グランド・マーシャルを務めました。 2010〜2012年にかけては、初代大統領ジョージ・ワシントンの故郷、バージニア州のマウント・バーノンに送られ、観光の目玉になりました。  サンクスギビングデーの前日、ホワイトハウスでは現職大統領が雄の七面鳥を屠殺される危機から「恩赦」する“Turkey Pardon”という行事が行われます。その起源は、1863年のサンクスギビングデーに第16代大統領エイブラハム・リンカーンの息子、タッドが父親に嘆願して行われた七面鳥に対する「寛容」と言われています。七面鳥を大統領へ贈る習慣は、1870年代にロードアイランド州の家禽ディーラー、ホレス・ヴォースが始めました。1913年のサンクスギビングでは、ケンタッキー州からもう一羽七面鳥が送られて、ロードアイランド州の七面鳥と席を同じくしたといいます。当時、「七面鳥の恩赦」はホワイトハウスの伝統ではあるものの、公式行事ではありませんでした。1948年12月には、第33代大統領ハリー・S・トルーマンが2羽の七面鳥を受け入れ、クリスマス・ディナーに「重宝する」と述べ、恩赦はされませんでした。

 

恩赦される七面鳥はどうやって選ばれる?

 「恩赦用」の七面鳥は、普通の食用七面鳥と同じ方法で飼育されます。食用七面鳥の雌の場合、通常は生後14週間で売りに出され、加工時の体重は15.5ポンド(7kg)になります。一方、恩赦セレモニー用の七面鳥は生後21週間の雄で、ホワイトハウスに到着するまで、体重は少なくとも45ポンド(20kg)まで増やされます。そのため、恩赦用の七面鳥には強化トウモロコシや大豆などの穀物の多い餌が与えられます。そして50〜80羽の群れの中から、セレモニーで起こるカメラのフラッシュや騒音、多くの人々の前でも落ち着いていられる七面鳥10〜20羽が選ばれます。最終的に選ばれるのは2羽。その名前は、ホワイトハウスのスタッフの子どもたちが提案した中から選ばれます。その後、2羽はワシントンD.C.に運ばれ、ホワイトハウスでのセレモニーの前に、5つ星ホテルのウィラード・インターコンチネンタル・ワシントンホテルに滞在します。その費用は全米七面鳥連盟が負担するのだそうです。

2018年、トランプ大統領に恩赦された七面鳥のピーズ

 

寿命

 野生の七面鳥の寿命は短くても5年と言われていますが、意図的に体重を増やされた恩赦用の七面鳥は、心臓病や呼吸不全、関節損傷などの肥満に関する疾患を患うため、以前は恩赦の後1年以内に死ぬことが多かったそうです。しかし最近は飼育環境などの改善で、2年以上、時には3年以上生きる七面鳥もいるようです。

 

MEMO

アメリカ先住民にとっての感謝祭

 先住民たちは、サンクスギビングデーを先祖の土地や土地がヨーロッパからの入植者に奪われた「大量虐殺の始まりの日」としています。1969年から1971年まで続いた「アルカトラズ島占拠事件」では、先住民たち数百人がサンクスギビングデーに合わせてアルカトラズ島に上陸しました。マサチューセッツ中のワンパノアグ族を中心に、ニューイングランドの先住民部族が結成する「ニューイングランド・アメリカインディアン連合」は、ピルグリム・ファーザーズが始めたサンクスギビングの日に「全米哀悼の日」としてデモンストレーションを行い、喪服姿で虐殺された先祖達に祈りを捧げます。翌日金曜日は「アメリカインディアン遺産記念日」として、アメリカ先住民の存在意義を高めるための祝祭行事を行い、伝統文化や言語を再認識する日になっています。  先述したサンクスギビングデーの由来になったワンパノアグ族とピルグリム・ファーザーズの交流譚ですが、入植者と先住民双方のイメージを良くするため事実を大袈裟に伝えているのではないか、という向きもあります。

 

 

Happy Thanksgiving Day – 恒例行事

メイシーズ・サンクスギビングデー・パレード

 ニューヨーク市のサンクスギビングデーには、メイシーズ主催のサンクスギビングデー・パレードが恒例行事になっています。1924年からほぼ毎年行われており、デトロイトの「アメリカズ・サンクスギビング・パレード」と肩を並べて、アメリカで2番目に古くから行なわれているサンクスギビングのパレードです。  最も古いものはフィラデルフィアの「6abc・ダンキンドーナツ・サンクスギビングデー・パレード」で、1920年に始りました。メイシーズのパレードは、毎年、サンクスギビングデーの午前9時から3時間行なわれます。トレードマークはフロート車に飾られる巨大な風船。風船は、ハローキティやスーパーマン、おさるのジョージなど、年代わりで様々なキャラクターをテーマにしています。

メイシーズ・サンクスギビングデー・パレード(1979年)

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