カレーの歴史と雑学

 01/12/2020

 嫌いな人などいないのでは? と思ってしまうくらい、日本人が大好きなカレー。その起源は、様々な香辛料をミックスして味付けするインドの調理方法です。日本に伝わったのは江戸時代末期から明治時代にかけてで、当時インド亜大陸を統治していたイギリスが”curry and rice”というイギリス料理として持ち込んだといいます。それから長い年月をかけ「日本の国民食」とまで言われるほどに独自のカレーが発達していきました。ちなみに、1982年(昭和57年)、全国学校栄養士協議会が1月22日を「カレーの日」と定め、以来、全国の小中学校でカレー給食が頻繁に出されるようになったのだそう。今年初のエキストラ特集では、日本のカレーの歴史や雑学を探っていきましょう。

 

 

江戸から昭和まで 日本のカレー年表

 

江戸時代

1860年 福沢諭吉が英中日辞書『増訂華英通語』の中で「コルリ」を紹介した。

 

1864年 「横浜鎖港談判使節団」の岩松太郎が著書『航海日誌』の中で、船中でアラビア人がカレーらしきものを食べる様子を紹介。

 

➡️この使節団は、横浜港を鎖国港として残すことを嘆願するため、江戸幕府がヨーロッパに派遣したものでした。当時23歳だった岩松は「飯の上へトウガラシ細味に致し、芋のどろどろのような物を掛け、これを手にてまぜ手にて食す。至って汚き人物の者なり」と綴りました。

 

明治時代

1872年(明治5年) 北海道開拓使東京事務所で、御雇外国人だったアメリカ人のホーレス・ケプロンの食事に「タイスカリイ」が提供された。

 

 カレーライスのレシピを記した本『西洋料理指南』(敬学堂主人)、『西洋料理通』(仮名垣魯文)が出版された。

 

1873年(明治6年) 陸軍幼年学校の生徒隊食堂の昼食メニューに「ライスカレー」が登場。

 

1876年(明治9年) 札幌農学校の教頭だったアメリカ人の教育者、ウィリアム・スミス・クラークが「生徒は米飯を食すべからず、但しらいすかれいはこの限りにあらず」という寮規則を作った。

 

1877年(明治10年) 東京の米津凮月堂(現・風月堂)が、食堂として日本で初めてライスカレーをメニューに加えた。

 

1881年(明治14年) 11月22日の『函館新聞』広告にカレーが虚弱体質や初期の肺病の回復に効果のあるメニューとして紹介される。 「健全保壽は人の欲するものなれども、第一養生にあり。このケレーは、鶏肉中の養分を採製するものにして、人体滋養最上無比の聖剤なり○男女虚弱、体よわき人常に用いて効あり。労症肺病これ等の症、難治といえども、病軽きうちにケレーを連服すれば、医薬の効を奏し、全治す」

『函館新聞』(明治14年11月22日)より

 

1889年(明治22年) イギリス人の小説家ラドヤード・キップリングが、神戸居留地にあったオリエンタルホテルのカレーライスを『The Pioneer.』誌上で絶賛。

➡️当時、オリエンタルホテルの料理人たちはこのカレーを「ダブルオニオン」と呼んでいました。ブイヨン、玉ネギのみじん切りを炒めたもの、オニオンスライスを揚げてパウダー状にしたものを使うというレシピで、30食に作るのに玉ネギが4kg必要という独特のカレーでした。

 

大正時代

1924年(大正13年) 東京・神田の簡易食堂、須田町食堂(現・聚楽)が、8銭のカレーライスをメニューに加えた。

➡️当時の大卒初任給は70円、日雇労働者の日当は1円63銭でした。今の感覚だと2,000円くらいでしょうか。当時カレーは高級品で、庶民に手の届く値段で提供されたのはこれが初めてだったといいます。

 

1926年(大正15年) 「浦上商店」(現・ハウス食品)が、カレールウ「即席ホームカレー」発売。

➡️翌年、商品名は「即席ハウスカレー」になりました。

 

昭和時代

1927年(昭和2年) 東京の新宿中村屋、資生堂パーラーが、それぞれ80銭、50銭の高級カレーライスを提供開始。

 

 1929年(昭和4年) 大阪・梅田の阪急百貨店の大食堂で、25銭の「ライスカレー」を販売開始。

 

1930年(昭和5年) エスビー食品の創業者・山崎峯次郎が「ヒドリ印カレー粉」を発売。

「ヒドリ印カレー粉」のロゴ

 

1931年(昭和6年) 「C&Bカレー事件」が起こる。

➡️品質が良いと評判だったイギリスのクロス・アンド・ブラックウェル(C&B)社のカレー粉は高価だったため、C&Bの缶を偽造して中に国産のカレー粉を入れたり、本物のC&Bの缶に増量材を入れて安価で販売する偽物が出回った事件。日英間の国際問題にまで発展し、偽造グループは逮捕されました。一方で、国産のカレー粉を入れた偽物の品質が本物に劣らなかったため、偽物と気付く人はほぼいなかったといわれています。

1 2 3 4

関連記事

関連記事はありません。



その他の記事