成功する人はここが違う! キャリアアップ・イン・ハワイ<ケース②>

 10/16/2015 : 1526 Views

あなたはどんな夢をもっているのだろう? 遠い昔、大人になったらこうなりたいと描いていた理想通りの自分に今の自分はなっているだろうか? 真っ青なハワイの空の下、みんな様々な想いを抱えて働いている。今のあなたは、夢をかなえた人だろうか? それともまだ夢の途中、もしくは、まだスタート地点に立ったばかりなのだろうか? ちょっと立ち止まって、自分のキャリアを考えてみる時、誰か成功した人の話はとても参考になるに違いない。前編に引き続き、ハワイのキャリアについて成功した人々から話を聞いてみた。

 

 

キャリアアップ CASE2<異業種転職>

一流企業の敏腕マーケターから日本文化を代表する指圧大使へ

 

愛泉治療道院 指圧大使

渡邊 正徳さん

 

東証一部上場企業のマーケティングの仕事から指圧師と、180°違う業界に転職し、成功している人がいると聞いて取材に行った。この4月に日本国総領事より永年に亘り指圧を通してハワイと日本の文化の架け橋となった功績により表彰された因泥徳彦先生率いる愛泉治療道院/愛泉指圧学校の渡邊正徳さんだ。ご挨拶をすると差し出された名刺がなんと3枚。一枚はもちろん愛泉治療道院/愛泉指圧学校の名刺。肩書は指圧大使とある。もう一枚は自身が代表を務めるマーケティング会社のものでマーケティングコンサルタントの肩書、そして最後の一枚にはプランナーとある。

 

渡邊さんの前職の会社は、日本最古の老舗製粉会社「日本製粉株式会社」。製粉事業をコア・コンピタンスとして、プレミックスなどを扱う食材事業、パスタや家庭用グロサリーなどを扱う加工食品事業、弁当や惣菜を扱う中食事業、冷凍生地や冷凍パスタを中心とした冷凍食品事業を柱とした食品事業を幅広く展開している。「オーマイ」のパスタと言えばお分かりだろう。製粉会社としては第2位のシェアを誇る一流企業だ。渡邊さんは、営業などを経た後に、マーケティングという花形部署の部長に抜擢され、各商品ブランドの開発・ブランドの育成などで、メディア対策、マーケティング・リサーチなど億単位の予算を動かしていた。

会社には全く不満はなかったですね。会社も私という人間を本当に大事にしてくれて、部下にも恵まれていました。会社に毎日行くのが楽しくて、やりがいもありました」

そんな渡邊さんがどうしてハワイの地で全く違う職種についているのだろうか?

「グリーンカードに当たったんです。実を言うと、全く当たるなんて思っていなくて、宝くじを買うような軽い気持ちで応募しました。ところが、当選という通知が来て、逆に慌ててしまった。どうしよう。仕事も乗りに乗っていた時期で、グリーンカードに当たったから、はい、辞めますなんていえる状況じゃなかった。そんな無責任なことはできないとRE-ENTRY PERMITを使って、5年近く引き延ばしていました。5年経って、会社から異動の辞令をもらった時に、『わがままを言わせてもらっていいですか?』と会社に事情を話し、退職させていただくことにしました」

ハワイに来てから、お得意のマーケティングで、市場を調査。ハワイでマーケティングの会社を起こすことも考えたが、市場規模が人口100万人程度と小さい事や、新規の企業にとっての参入障壁の高さなどから断念。長く働くには、手に職をつけようと、マッサージセラピストの資格を取得した。その後市場の需要を考えて指圧師になることを決め、愛泉指圧学校の門を叩いた。学校に通っている時に、因泥先生から声をかけられた。「君はここで働きなさい」。これまで500人を超える指圧師を輩出してきた同学校だ。多くの卒業生の中から渡邊さんが指圧大使として海外での講演などを任されるほどの信頼を受けた要因はなんだったのだろう。

 

 

異業種での成功の秘訣1 「人柄」

一つは「人柄」が大きい要因だと思える。先ほどの松村さんにも通じるが、渡邊さんもとても謙虚だ。日本製粉時代、「多くの人が自分と付き合ってくれていたのは、会社という大看板を背負っていたから。勘違いしてはいけないよね」と語る。ところが、話を聞いてみると、会社を辞めて7年たった今でも当時の取引先の人や部下たちなど前職で縁のあった人が声をかけてくれて、新しいビジネスが生まれているという。先ほどの3枚の名刺はそのためだ。営業時代にも、夕方になると大手商社の取引先の部長などから電話がかかり、食事に誘われる。取引先の部長が部下を連れてきて、部下たちにいろんな話を聞かせてやってくれと頼まれるということがよくあったという。渡邊さんなら部下たちにいい影響を与える話をしてくれるということらしい。 そんな渡邊さんが人と接する上で心掛けていることは、常に人に対して穏やかな心でいることだという。

「感情の起伏が激しい人は、相手に対して不安を与えてしまいます。特に負の感情を吐露する人に、人は良い感情を抱かない。もちろん、そこまでクールにはなりきれないから、良いことに対しては、感情を出しますけどね。自分がイライラすれば、部下だってイライラする。このスタンスは、一対一の関係でも、グループでも、チームでも、会社という規模でも同じです。人間だから、感情の起伏はあって当然なんですが、それは他の人に対して吐き出してはいけない。その場の雰囲気や感情に流されずに自己コントロールできるように努力すべきです」。

 

 

異業種での成功の秘訣2 「仕事への意欲」

 

松村さんと同じで仕事に対する「意欲」も高い。特に3足のわらじを履き、精力的に仕事ができる秘訣はなんだろうか。仕事に対するモチベーションの維持の方法について聞くと「基本的には、生活のリズムを変えないこと」だという。メジャーリーグで大記録を塗り替え続けているイチロー選手が生活サイクルを一定に保っているのは有名な話だが、渡邊さんもルーティーンの重要性を力説する。

「私の場合、毎朝5時に起床。これは休日だろうと平日だろうと変わりません。今日は日曜だから、朝9時まで寝てようということはしません。今日はいいやとだらけ始めると、その隙間に怠惰な感情がつけこんできます。人間は弱いもの。リズムを崩さずに時間の配分することがモチベーションを保つ秘訣だと思います。私は休日や、遅めの出勤の日は、朝5時に起きたら必ずダイヤモンドヘッドに昇ることにしています」

もちろんリラクゼーションも重要で、テレビやネットを見る時間もある。だが、際限なく見続けるのではなく、きちんと時間を決めて楽しむのだという。

 

 

異業種での成功の秘訣3 「自分磨き」

 

そんな渡邊さんにとって仕事はどんな意味をもつものなのだろうか?「私にとって仕事は自分を磨く砥石です。たとえそれが人からは見えなくても、昨日の自分より半歩でも、一歩でも今日の自分の方が成長している自分がいればいい。」そして周囲から学びとる姿勢が必要だとも強調する。子供であれ大人であれ、自分の周りにいる人は自分にいろんなことを教えてくれる人たちだと思い、謙虚な心で学ぶことができれば、自ずと道は開けてくるという。仕事は、自分を鍛えるため、磨くためにある。

「仕事をこなさなければいけないものととらえたり、見返りを求めてしまうと辛くなってしまいます。その時点では評価されないこともあるでしょう。心配しなくても、最終的には自分に返ってくるものです。若いうちからそのことに気付いて仕事をしている人は、とても成長できると思います。私はそれに気が付くのが遅かったですね(笑)」。

 

 

異業種での成功の秘訣4 「与えられた状況を楽しむ」

 

また、どんな仕事に就いても常にその仕事を楽しんでいることも渡邊さんの成功の秘訣だろう。前職では、開発に携わった商品が店頭に並び、企画したCMがテレビで流される。商品が売れて、数字が上がることで、自分たちの仕事の成果を知ることができるが、実際に一人ひとりの消費者が自分たちの商品をどのように使っているかはわからない。数字が維持されること=みんな喜んでくれているのだろうと推測することができるのみだ。だが、「現在の仕事は、お客さんとマンツーマンで向き合って、お客さんの喜びがダイレクトに伝わってきます。『身体が軽くなった』『腰の痛みが取れた』などありがとうという言葉を直接伝えられればやはりうれしいですよね」もちろん前職の仕事も楽しかった。特にマーケティングの部署で働いた数年間は、自分の人生で一番ダイナミックなことができた時期だったと語る。だが、その華々しい時代を未練を持って振り返ることはない。与えられた状況を楽しむことも渡邊さんの成功の秘訣の一つなのだ。

 

 

全く異なる業種で活躍する、前編のHiroyoshi Matsumuraさん、後編の渡邊 正徳さんのお二人。だがいくつもの共通点があった。仕事に対するひたむきさ、周囲への心遣いや感謝の心。そして自分磨きを怠らず、仕事に対するモチベーションも高い。どれも当たり前のことのようで、それを常にキープすることは難しい。その難しさをやすやすとやってのけるからこそ、成功者となれるのだろう。


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