「マイティ・モー」船上イベント 終戦70周年記念式典

 09/12/2015 : 569 Views

1945年9月2月、日本が降伏の署名をした戦艦ミズーリーの船上で開かれた「第2次世界大戦終結70周年記念式典」に700名以上の人が参加した。

 

現在パールハーバー記念館にある「マイティ・モー」は、70年前東京湾に停泊し、無条件降伏の署名式が執り行われた。

 

戦艦ミズーリー記念館の社長兼CEOのマイケル・カー氏は、この式典の模様はライブストリームで世界中に配信され、「70年前の今日、よりよい未来が出発した日を思い起こすことができる」と述べた。

 

カー氏は出席者に「ちょっと立ち止まって、今私たちがどこにいるのかを考えて欲しい」と問いかけた。

 

ここから数百ヤード離れたところに、1941年12月7日に1,177名が犠牲となった戦艦アリゾナが沈んでいる。この日はアメリカが戦争に参戦した日ともなった。

 

「今日の式典の荘厳な舞台である戦艦ミズーリーは、70年前、大日本帝国が連合軍に降伏した場所として、終わりのない暗闇と感じられていた状況に光をもたらしたのです」とカー氏。「これらの2つの象徴的な戦艦が、史上最も破壊的だった戦争のアメリカにおける一つの区切りを意味しています。まさに、開始と終わり、紛争と平和の象徴です」と語った。

 

式典に参加した約10名の第2次大戦のミズーリー船員は、今80代から90代となっている。

 

ドナルド・フォスバーグ氏は、当時18歳で、戦艦が日本本土を激しく攻めたこと、広島と長崎に原爆を落として日本を侵略する計画が話し合われていたことなどを覚えていると言う。

 

「10代だった私は、他のことを考える余裕はなかったと思います」と89歳になるフォスバーグ氏は、当時のことを思い返しながら「今ならそれができたでしょう。でも、戦艦に乗っていたほとんどの者が、10月か11月に日本を侵略すると思っていました」

 

カー氏は、2千人にのぼる船員や海兵隊が、船上にある全ての足場を利用し、降伏の署名式を見ていたと言う。

 

アート・アルバート氏もその一人で、1945年4月11日沖縄で戦っていた時にカミカゼアタックを受け、梯子に向かって投げ出され、膝を怪我した。

 

「少しわだかまりはあります。でも、こうした行事が行われてよかったです」と現在88歳のアルバート氏は、終戦記念の式典について語った。


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