101歳、百寿インタビュー 畑惠美さん

 09/04/2017 : 326 Views

「介護されている」と気付かせないで アルツハイマーを自然体で受け入れる、母と娘の今

日刊サンの編集部には日々、さまざまな情報が寄せられる。先だってはマノア日本語学校から、おめでたいニュースが届いた。

7月に101歳の誕生日を迎えた女性がいて、バースデイパーティを催して百寿を祝ったのだという。 世界一の長寿国、日本には百歳以上のCentenarianが6万人以上もいる。 あなたは自分が100歳になった時のことを想像できますか?

(日刊サン 2016. 8. 6 / 取材・文 奥山夏実)

 

百寿のお祝いに、日本国とハワイ州から表彰状が贈られた

百寿を迎えられた女性の名前は、畑惠美(エミ)さん。お祝いの取材をさせて欲しいと電話をすると、エミさんの次女のアケミさんが応対してくれた。

「先日、百寿のパーティをしました。メインランドに住む姉一家や親族、昔からの友人や近所の方が120人以上も集まって、とっても盛大、サクセスだった。日本国からもハワイ州からも、お祝いの表彰状をもらいました」

日系3世のアケミさんは英語育ちで、日本語は少したどたどしい。日本語と英語が混ぜこぜのインタビューが始まった。 

まず、エミさんを新聞で紹介するために、写真を撮らせて欲しい。その時エミさんに習字で、百寿を祝うサインもしてもらえないだろうかとお願いした。

「母は娘の頃、書道を習っていました。ハワイに来てからも筆で字を書いていたのを何度も見ました。もう何十年も書いていないけど、OKです。習字にチャレンジしてもらいましょう!」と、快諾してくれた。

ところで長寿をことほぐ、百寿という言い表しをご存知だろうか。“ひゃくじゅ”とも“ももじゅ”とも読み、日本には、90歳を卒寿、99歳を白寿、そして100歳を百寿と呼んで祝福する習慣がある。 卒寿の卒を略字で書くと卆で、九の下に十の成り立ちだから90歳。白寿の白は、百より一画少ないから99歳と、洒落っ気たっぷりのネーミング。100歳は一世紀生きたことだから紀寿ともいう。

また現代のように、生まれた年が0歳から始まる満年齢では、満100歳が百寿だけれど、生まれた年を1歳と数える、数え年の年齢では101歳が百寿。エミさんは昔ながらの数え年で百寿を祝われたことになる。

さっそく習字道具を持ってエミさんのマノアの自宅を訪ねた。芝生が広がる庭の奥にどっしりとした母屋、その裏にアケミさん家族が暮らす別棟がある。

戦後しばらくしてから購入した家。 エミさんはここで70年近く暮らしている。

 

「母は広島の呉で1915年に生まれました。母の父は地主で、畑を小作に貸していた。でも明治になってネイビーが呉に軍港を作ったから急に開けて、農地も住宅地に変わっていったそうです」

エミさんは何人兄妹ですか。

「お母さんは6男6女よね?」 アケミさんが母に訊ねると、

「そうですよ、6男、6女」

と、ニコニコ。はじめましてと、エミさんにごあいさつ。

「母は12人兄妹の一番末っ子です。本当は母の下にもう一人女の子がいたけど、小さい頃に亡くなってしまった」

「そうですよ、12人兄妹」

はっきりとした声でエミさんは答え、何度も12人兄妹とくり返した。 姉たちも長寿で、エミさんのすぐ上の姉は、106歳の長命を全うしたという。

エミさんの百寿パーティで2人の娘と。アケミさん(左)ナオミさん(右)

 

夫の両親は明治初期、ヒロに移民

太平洋戦争では資産を全て失って

「この、母の娘時代の写真、父とお見合いをした頃のじゃないかな。メインランドに住む姉が大きく引きのばしてメッセージを入れたパネルにして、101歳のパーティの時に母にプレゼントしました。」

エミさん、美人さんですね。

「若い頃はね」 大笑い。

娘時代のエミさん。この頃、見合いをしてハワイへ。

 

エミさんの夫の名は、畑タモツさん。花嫁より10歳年上だった。

「父方の両親は広島出身で、1800年代の終わり、明治時代にハワイ島のヒロに移民しました。ヒロで“ハタ商店”というゼネラルストア、なんでも屋をやっていて、成功しました。オアフ島に引っ越して、ホノルルのマウナケアストリートで大きな商店を営んで。祖父の弟にものれん分けして、現在でもひ孫がソルトレイクで“Yハタ”という食料品店をしています」

エミさんの夫となるタモツさんも、ホノルルで“Sハタ”という貿易商をしていた。Sはタモツさんの父、サダノスケさんのイニシャル。結束の固い家族だった。

「メインランドや日本からアロハプリントなどの生地を輸入して、とても人気があったそうです」

しかし太平洋戦争勃発とともにタモツさんはハワイに居づらくなり、母と共に広島に帰郷。原爆投下で、タモツさんは被爆体験もしている。

「祖父は戦前に亡くなりましたが、父と一緒に広島に帰った祖母も被爆しました。そして終戦後、日本人であった祖父のハワイの土地は、アメリカ政府に没収されてしまったのです」

でも、ハワイ生まれでアメリカ国籍を持つタモツさんは、なんとか資産を守ることができた。

そして戦後、エミさんはタモツさんに見初められて結婚。異国のハワイに嫁いできた。

エミさんのベッドサイドに いつも飾られている、 夫タモツさんの写真。

1 2 3 4

関連記事




その他の記事