全てを懸けて守るべきものがある 五省―時を超えるその精神

 08/31/2015 : 2027 Views

jieikan

戦後70年の節目の年に永田町が憲法第9条の改憲をめぐってかつてないほど揺れている。日本国憲法はその前文で、平和の希求と諸国の公正と信義を信頼するとし、第9条で武力の放棄を謳っている。そのため自衛隊の存在は戦後常に、議論の的となってきた。四方を海に囲まれた海洋国である日本。そして今、尖閣問題や南シナ海領有権の問題など日本周辺の海上が騒がしい。わが国の平和と独立を70年間守ってきた当の自衛官たちの目には今何が映っているのだろうか?様々な階層の自衛官にその想いを聞いてみた。

福山さんW

練習艦隊司令部 首席幕僚

福山崇 一等海佐

 

太平洋の白波を切りながら圧倒的な存在感を示す海上自衛隊の3隻の艦。未来の海上自衛隊を背負って立つ実習幹部169名を乗せた「かしま」と「しまゆき」の2隻の練習艦と、実戦用の護衛艦「やまぎり」からなる練習艦隊だ。総員は約700名。6月2日にパールハーバーに寄港したこの3隻の艦の指揮を執るのが練習艦隊司令官であり、約60人の幕僚達が司令部として司令官直属に配置されている。その司令部を取りまとめているのが福山一等海佐だ。

 

被災地に一番に駆けつけ一番最後に任務を終えた艦

東日本大震災の際には、横須賀で護衛艦の艦長を務めていた。地震発生の一時間後には横須賀を出港し、津波警報が鳴り響き、何度も余震に襲われる中、真っ先に被災地にかけつけた。「地震が起こってから夏までの合計97日間、現場での捜索や福島原発の原子炉の給水支援など、一護衛艦としてできる支援は全てやり尽くしました。一番最初に出港し、護衛艦としては一番最後に任務を終えたのが私たちの艦です。」一番喜ばれたのは、被災者をボートで艦まで運び、風呂、洗濯と食事を支援したことだという。「艦もそんなに水があるわけではないので、夕方に支援が終わったら、錨をあげて沖に行き、造水装置で海水から真水をつくり朝帰ってきてボイラーでお湯を沸かす。それを一定の期間実施していました。」まさに不眠不休での作業。危険な作業も多かったはずだ。

 

命をはって任務を遂行するという宣誓が必要な職業

「我々は入隊時に『事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努め』と宣誓を行っています。その宣誓を行った上で自衛官として仕事をしていますので、それなりの覚悟を持って常に任務にあたっています。」海に囲まれた海洋国、日本。その最前線で日本の平和と独立を守っている海上自衛隊。戦後70年の平和が守られてきた裏には、自衛官たちの国を守るという強い覚悟を伴う宣誓があったのだ。この宣誓の持つ言葉の重みは、自衛官が常日頃から自らを厳しく律する姿勢にも繋がっている。

 

部下の命、国民の命を預かっているという責任の重さ

「自衛隊の中で上に立つということは、部下の命を預かるのはもちろん、国民の皆さんの命も預かっているということ。何か大きな作戦や任務の時にはその重さを改めて実感します。もし自分が失敗をすれば、外交問題に発展することだってありえるのですから。そういったプレッシャーに耐えうるように日ごろから厳しい鍛錬を行っているというのはありますね。例えば海自でいうとランニングや遠泳などだけでなくカッターという手漕ぎの大型ボートを漕いだり、山登りをしたり、身体にかなりの負荷がかかることを行うのですが、体力的に限界を感じる時に、それでもやらなければいけないという精神力が一緒に磨かれています。プライベートでも身体づくりは常に心がけていて、ハワイではパールハーバーからダイヤモンドヘッドまで約27キロほどを司令官以下幕僚達で走りました。」身体が資本である自衛官は、健康管理で悪い数値がでれば改善通告を受け、それでも改善されなければ乗艦することができないなどの影響がでるという。

 

司令官が自分の考えを部下に直接伝えていく時代

日本を取り巻く環境が変化してきている今、自衛隊も変わらなければならないという意識が組織の中で高まっている。「自衛隊はもちろん中央集権型の階層組織。上意下達は任務遂行において重要なことです。任務が多様化している現在では、これまで以上に部隊の中での情報共有が重要となってきています。昔は乗員の一人一人が司令官のようなトップの顔を見る機会はあまりありませんでしたが、今は違います。トップが現場に顔を出して自分の考えを伝えていく。一つのものごとは、1人で完結するものではありませんから、情報共有が上手くいっていないと部隊としては動かなくなります。共有化によりそれぞれの持ち場で各自が自分がすべきことを認識し、同じ目的意識を持つことでうまく結合してものごとが動いていく。常に意識しているのはチームとして能力を発揮するにはどうすべきかということです。」この遠洋航海中も、何も考えない時間はなかなかない。アイデアが浮かぶとすぐにメモをとる。「わが国周辺の環境を含め国際情勢は日々変わっています。昔のことをすべてそのまま使える時代ではありません。だから変えなければいけないところは変えるという考えも必要になります。」

 

レディネスは非情に厳しく―自衛隊の危機管理の強さ

失敗することが許されない自衛隊にはリスクに備えることがとても重要となる。「レディネスは非常に厳しく。それが我々の艦に必要なものです。起こる可能性のある予測見積を幾通りものケースを考え、それを訓練していく。実際には100%予測した通りに起こることは稀ですが、それでも部分的に使えるものを組み合わせて対応するので、事が起きても慌てずそれなりの対応ができるようになっています。また、何か起こった時に、その事例を部隊全体で情報共有する。どんなささいなことでも、同じ失敗は二度と起こさない。これが非常に重要なことです。」このようなリスクマネジメントの手法は一般の企業でも応用できるものだろう。集団的自衛権の問題などいろいろとあるが、「政治によって日本の進む方向が変わる可能性はありますが、私たちは入隊した頃から『我が国の平和と独立を守るために自衛隊はある』と教え込まれている。政治がどう判断しようと、それに対応できるよう我々は日々訓練し、やるべきことをやっていきます。」

 

上にいくほど自分自身を客観視することが必要

 

首席幕僚という司令官に次ぐ高い地位にいる福山一等海佐。それでもまだまだ学ぶことは多いという。「若い頃は、上司や先輩方から『お前、あれは違うよ』という指導を受けることができますが、だんだんそういうことを言われなくなる。自分ができる人間になったのかというと必ずしもそうではなく、周囲の人間は言いにくいから言わないだけなんです。そのことを自覚して、自分の学ぶべきことに気付いていけるよう、一つの手段として本は沢山読むようにしています。自分自身の気付きがないと成長できない。これは過去に先輩から教えていただいたことです。」現在の課題についても自身をこう分析する。「ちょっと離れた視点で自分を振り返ると、私は神経質なところがあり、かなり部下に対して口やかましく言っていることに気付きます。そのあたりは自分の未熟なところだと思っています。」

 

今の実習幹部はモチベーションが高く育てがいがある

細かいところに気が付くのは、それだけ周囲に対して目配り、気配りが効くということ。「私の仕事で重要なことの一つは、各人の能力を最大限に発揮させること。ほめれば伸びる人間もいれば、厳しくすると闘争心を燃やして成長する人間もいる。難しいことですが、批判的な目を捨て、愛情を持ってそれを見極めていくことが大切だと思います。司令官はそういうところがしっかりできる人です。」その点では私はまだまだですねと笑うが、その目には愛情が溢れている。「今の実習幹部は私の若い頃に比べたら、とても真面目だなと思います。昨日の夜も、自習する部屋に行ったらプライベートな時間にも関わらずみんなで集まって「明日の実習はこうしよう」などと話している。頼もしいですね。モチベーションも高く、育てがいがあると思います。」

 

絶対に見捨てないーその信頼間があるから戦える

「169人という同期の仲間が一緒になってやっていくのは、この遠洋航海が最後。あとはみんなそれぞれの部隊に散らばっていく。だからその絆を大切にしてほしいと思います。仲間を想う心は、信頼感に繋がり、それは実戦でとても大切なこと。海上自衛隊でも入隊当初の時期に陸上自衛隊の演習場を借りて陸戦訓練を行うのですが、重い銃と装備を背負って地面を這いずり回ったりしているうちに付いてこれない隊員もでてくる。それでも仲間の銃を持ち、助けながら一緒に連れていく。「絶対に見捨てない」これがあるからこそ、各々が隊を信頼し、安心して戦えるんだと思います。そうした絆もこの遠洋航海でしっかりと築き上げてほしいと願っています。」

 

 

 

広崎さんW

 

練習艦隊司令部 先任伍長

廣崎正彦 海曹長

 

長い遠洋航海。航海中、艦の中は限られた世界で、様々な年齢、階級の隊員が共同で生活をする。上と下のパイプとなる先任伍長の役割には高いコミュニケーション能力が要求され、そうした能力の高い人材が選ばれる。これまでは年功序列で任命されていたのが平成15年度より発足した「先任伍長制度」により能力主義が導入され、その任に真に相応しい人が選ばれるようになった。廣崎先任伍長もその一人だ。

 

艦は一心同体―コミュニケーションの重要性

「艦に乗っている士官は約1割だけ。残り約9割の海曹士をまとめるのが先任伍長の仕事です。よく艦は家だとか一心同体だとか言われますが、我々の組織というのは高度なネットワークで繋がっています。隊員同士の連携、上司と部下の連携、艦同士の連携、部隊と部隊の連携など、その連携が一つでも乱れれば任務が完遂できない可能性もでてくる。コミュニケーションをとるのが少し苦手な若い隊員がいたりすると、そこを上手く育てていくことが僕たちの役割の一つなので、その成長を見るのが楽しみですね。コミュニケーション能力が低いと、その人の能力が十分周りに伝わらないこともある。ですが、私たちの仕事では隊員一人ひとりの能力を正確に見極めて、『こういうことはできるな』ということを命令していけなければならないのです。能力を超えたことを命じてしまい、その一人のミスが全体に響いてしまう恐れもあるわけですから。」アメリカ同時多発テロ事件に続く旧テロ対策特措法に基づく協力支援活動において、インド洋での後方支援活動を行うなど実戦の場で隊員たちをまとめてきた廣崎先任伍長の言葉には重みがある。

 

全員が元気に帰ってくることが一番の任務

 

「インド洋での後方支援では、海上で作戦を展開している米軍などの艦に対して、燃料を補給する支援を行っていました。燃料補給を実施する補給艦、補給艦を護衛する護衛艦2隻の3隻で任務にあたりました。自衛隊だと言っても、他国の人が見たらまぎれもなく武器を搭載している灰色の軍艦で、米軍と戦っている国からすると当然敵とみなされます。過去に普通のボートに偽装して突っ込んでくるという自爆テロを受けた他国海軍の艦もありましたから緊張感を持って任務にあたっていました。私たちの任務の中で、一番重要なのは全員が元気に帰ってくるということ。難しいことではないと思われるかもしれませんが、全てが上手く行ってこそ達成される一番重要な任務です。」

 

いつも怒っている人が怒っても心に響かない

そんな廣崎先任伍長のコミュニケーションの秘訣は、常に笑顔でいること。「シリアスな場面では、当然表情は変わります。いつも怒っている人が怒っても心に響かない。『またか』と思われてしまいます。でも、いつも笑顔でいる人間が、ここぞという時にマジメな顔をすると、やっぱりその時は相手も真剣に話を聞いてくれますね。」一方で、部下たちを守るためなら、たとえ上司や階級が上の人であってもきっちりと要望を伝えていく。「さすがに上官に対して怒るようなことはありませんが、要望はしっかりと伝えます。場合によっては口調がきつくなることもありますね。でも、そういうことができるようにするために、普段のコミュニケーションでしっかりと信頼関係を構築しておくことが重要だと思っています。」

 

正確な情報を素早く報告するためのコツー情報の集約と主観の排除

現場の情報をいち早く報告しなければいけない場合のコミュニケーションの仕方にも、廣崎先任伍長が心掛けることがある。「きっと誰もが一度は経験がある『伝言ゲーム』。ゲームという短い時間の中でさえ、情報源と最終地点では情報の内容が驚くほど変わってしまう。しかし自衛隊の中では、正しい情報が伝わらなければ指揮官は誤った情報で判断を下すことになり任務の際にはそれが人命にかかわってきます。情報は迅速に報告しなければならないのですが、それをきちんと集約すること。情報の受け取り方は人が2、3人いればそれぞれ違います。一人の情報をそのまま鵜呑みにせず、情報を整理してから報告します。もう一つのキーワードは、急いでいれば急いでいるほど、報告の際には自分の主観を排除して、客観的な事実のみを伝えるようにすることです。これは、メールでのやり取りの際も同じです。文字になるとニュアンスが伝わらないし、一つ言葉を間違えただけでも相手を怒らせたりすることもある。だから極力端的に、箇条書きにして、読み違うことがないような書き方を心がけています。」

 

小さなルールさえ守れない人間が緊迫の場面でルールを守れるわけがない

法を遵守する立場にある自衛隊。そのためルールや規則は一般の企業や学校よりもかなり厳しく定められている。「まじめな幼少時代を過ごしてきたので(笑)、ルールや規則を守ることについては抵抗がないはずでした。それでも自衛隊に入った時には相当驚きましたね。一日の日課が一分一秒で定められている。本当に1分とか5分単位で動かなければならないんです。そのおかげでタイムマネジメントやプランニングのスキルがかなり磨かれました。」任務の際には、1人ひとりが全ての手順やルール、規則を守らないと失敗してしまう。普段の小さなルールさえ守れない人間が、緊迫した極限の場面でそれぞれの役割を守れるはずがないという考え方だ。「そうなるとルールについても深く考えるようになる。僕が行きついたのは自由というのはルールがある中でこそ生まれてくるものだということ。ルールのない自由というのはありえないということです。」もしこの世に法律がなければ、無法地帯が生まれてしまう。秩序があるからこそ、私たちは安心して自由を謳歌できるのだ。

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