日刊サン特別編集 ”気鋭のレストラン 海外進出、躍進への決断 大林芳彰氏”

 05/12/2017

大林 芳彰 氏 Yoshiaki Obayashi AGALICO HAWAII(株)Big Belly 代表取締役

 

グランドオープンの前から評判になり、オープニングレセプションには200人以上が詰めかけて、SNSへの投稿が急上昇した「AGALICO(アガリコ ワイキキ オリエンタル ビストロ)」ハワイ店。首都圏を中心に大阪や札幌に18店、ソウルに3店の、アガリコを始めとする個性的な飲食店を率いるのは(株)Big Belly (ビッグベリー)グループの代表取締役、大林芳彰氏だ。 ワイキキのど真ん中にオープンさせたアガリコへの思いと、大林氏ならではの事業展開を聞いた。

 

大皿に盛り付けられた“レインボー シェイブアイス フォー”、SNSへのアップ率No1!

 

 

1歳でハワイデビュー、半分ローカル!? アガリコ ハワイ出店は当然の想定内。

ビーサンに短パン姿のCEOですね。

「サーフィン野郎なんで。今朝も波乗りしてから仕事です。ビーチまで歩いて数分なので、店の入り口にもサーフボードラックを設けてあります。波乗りの行き帰りに寄れる中継店になれたらいいなあって。たとえばお客さんが日本から早朝に到着して、チェックインまでの時間、アガリコにスーツケース置いて、サーフィンしてきていいよって言えるような店にしたいんです」  

陽に焼けた笑顔がほころぶ。フレンドリーで、人なつっこいCEOだ。  

大林芳彰氏は1973年、東京生まれ。父が航空会社に勤めていたこともあり、幼少時から海外旅行を重ねる。ハワイデビューはなんと1歳。

「高校生の時も1カ月くらいハワイにステイしていました。大学は4年間ずっと、1月から3月まではハワイにいて、親には語学学校に行っているということで、実は波乗りをしていたんですけどね。去年はハワイで結婚したし、半分ローカルですね」  

だから飲食業を始めた時からずっと、ハワイ出店は想定内だった。場所はDFSに面すルーワーズ通り。正真正銘、ワイキキのど真ん中だ。

「飲食業の先輩の稲本健一さんが、物件探しをバックアップしてくれました」  

稲本氏は(株)ゼットン代表取締役会長。アロハテーブルやグーフィ、ヘブンリーなど、ワイキキで人気のカフェ&ダイナーを経営する、大林氏の兄貴分的存在だ。公私とも親しくしているという。でも同じ飲食業だからライバルの間柄、なのでは?

「飲食の内容が、稲本さんはハワイアン、僕はアジアンなのでかぶらない。お互いの考えがWinWinで合致できるんです。稲本さんの立てているアンテナがキャッチしたものって、すべて当たって成功している。尊敬しています。稲本さんが信頼しているインテリアデザイナーが、アガリコ ハワイの内装もしてくれました。バリ島のビーチバーみたいな店にしたいんだと話したら、ものすごくお茶目でカラフルなランプシェードを見つけてくれて。店のシンボルになりました」

メニューでも瞬く間にシグネチャーとなった、“レインボー シェイブアイス フォー”。これも稲本氏の「なんか冷たい麺が食いたいなあ」のつぶやきの一言だったとか。

「はい、そこから試行錯誤をして、シェイブアイスをヒントに、驚きのインパクトに満ちた一品が完成しました。このフォーの大皿、1枚8000円もするんですよ。日本から運んできました。お客さんは感度の高いグルメな女性が多いから、細部にこだわりました。プレートの中に野菜がたっぷりあるベジニックな料理が特長です。パンチのある男メシは基本作りません。ステーキとかシーフードを売れば客単価は上がるけど、僕はそうしない。二人で来たら、少しずついろんな種類を8皿くらいオーダーしても一人が50ドル以下くらいに設定。あれも食べたい、これも食べたい欲張り大歓迎、お客さんに喜んでほしいんです」  

また、ワイキキにはアジアン料理の店も、深夜まで気軽に飲める店も数えるほど。お酒のつまみになるエスニックバルと、深夜2時まで楽しめ夜型集客のアガリコは「勝てると思う」と、大林氏。

 

料理人として現場を知る強みが出せば当たる、人気店を生み続ける。

大林氏は、厨房で皿洗いのバイトから叩き上げられた、現場出身の経営者だ。

「大学を卒業してすぐは、4年ほど住宅メーカーに勤めていました。休み返上で働いて成績を伸ばすといった、日本的な会社でね。僕のモットーは、“遊ぶために働く”だから、見切りをつけて辞めました。食いしん坊でハワイ好きなので、やめた後はハワイ出身の元力士がやっている飲食店でバイトをしていました。ある日たまたま“モンスーンカフェ”に行ったんですね。2時間の行列もいとわない熱い人気と、タイやインドネシアのアジアが詰まった感じに魅了されちゃって。翌日すぐ、グローバルダイニングに行って、僕を働かせてくださいって頼みました」  

グローバルダイニングは、「モンスーンカフェ」や「ラ・ボエム」といった話題のカフェ、レストランを50店舗近く経営プロデュースする企業だ。創業者の長谷川耕造氏は業界のカリスマ的存在で、徹底した実力主義の経営を貫く。従業員は、やればやっただけの評価とお金をもらえるから、やる気のある人材がどんどん集まってくることでも知られている。

「僕は2年ぐらい調理場でバイトをしましたが、自信となる強みがなかった。すごいセンスのある先輩がいっぱいいましたから。それで今のままではダメだと痛感して、タイで料理修行をすることに決めて一旦退職しました。タイに住み暮らして3カ月間、本場のタイ料理を必死で学びました」  

帰国後、大林氏は正式に社員に採用された。そして2002年、29歳で料理長になり、渋谷やお台場店など各店を任された。’09年にはグローバルの旗艦店である、ディズニーランド舞浜イクスピアリの料理長に就任。   

料理の腕だけでなく、人材の活かし方から仕入れなどの原価率の管理まで、現場を切り盛りするノウハウを身につけた。  

満を侍しての、独立の時だった。’11年、大林氏は“株式会社ビッグ ベリー”を設立し、池袋に“オリエンタル ビストロAGALICO ” をオープン。  

タイやインドネシアなどアジアのおいしいものを集積したコンセプトで、アジアンの賑わいや臨場感が伝わってくるような店づくりをした。この1号店は、18坪38席の小ぶりの店ながら、月商1,450万円を売り上げる繁盛店となった。その後1年でさらに3店舗を立ち上げ。  

’14年にはセカンドブランドとなる、“点心バルアガリコ餃子楼”などを次々オープン。中年サラリーマンの代名詞みたいな餃子が、大林氏の手にかかると若くて女子力の高い食べものにアップデイトされて人気が拡散する。  

そのセンス、経営手腕はどこからくるのか!?

「僕自身が、あったらいいなという店を作っています。アイディアの引き出しはいっぱいあるので、自信もあります」

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