タロイモからハワイ・リージョナル・キュイジーヌまで〜ハワイの食の歴史

 05/11/2017 : 2718 Views

■スパムむすび

スパムは1937年にアメリカ本土で誕生しました。(スパムの前身は別名で1926年に発売)。その後アメリカ軍糧食として太平洋の島々に普及したスパムを、第二次世界大戦後、ハワイに住む日系アメリカ人が薄切りにして焼き、寿司のようにご飯の塊の上に乗せ、ノリを巻いて、スパムむすびを考案したとされています。そのスタイルは日系人を中心に広まっていきました。州民一人当たりのスパム缶消費量はハワイ州が全米一位となっています。

 

沖縄県民とスパム

元々沖縄県には、豚肉を好む食文化がありましたが、第二次大戦末期から豚肉が手に入りにくくなりました。終戦直後に米国から県民に配給物資としてスパムが提供され、在沖縄米軍が消費していたスパムの一部も市場に出回り、それが普及しました。  現在もスパムを含む缶詰のランチョンミートは「ポーク」と呼ばれ、沖縄の家庭料理に欠かせない食材となりました。

 

ハワイ・リージョナル・キュジーヌが誕生

世界各国からの食文化がミックスされたハワイならではの料理。そんなオリジナリティあふれる料理を世界に発信しようと、1991年にロイ・ヤマグチ、アラン・ウォン、ピーター・メリマン、ジョージ・マブロ、サム・チョイら新進気鋭の若手シェフ12人がムーブメントを起こしました。そのコンセプトは「地元ハワイの食材をなるべく多く使うこと」。調理法はすでにハワイの食文化となっている「日本食、中華、アメリカ料理など各国の調理法を取り入れた、オリジナリティあふれるスタイル」。  

味噌やしょうゆなどの調味料やふりかけ、ユズ、キムチなどのアジアの食材を融合させた意外性に富んだ料理を洗練された盛り付けにして、内装にこだわったレストランで提供する。こうしたハワイ・リージョナル・キュイジーヌは、世界各国から訪れる観光客に高く評価され、ハワイのレストラン業界を大きく盛り上げることになりました。 

 

食べる人も作る人もハッピーになる地産地消のサイクル

ハワイ・リージョナル・キュイジーヌというグルメ改革により、ハワイの農場ではよりおいしい農作物を作ろうと力を入れるようになりました。レストランのメニューには「カウアイ島エビ」、「カフクエビ」「ハワイ島のグラスフェドビーフ」「ハワイ島ワイメア産のトマト」などと食材の産地が書かれるようになり、消費者も自分たちが口にする食材の産地を意識する習慣が広がりました。

ファーマーズマーケットも毎日のように開かれ、新鮮で、作った人の顔を見られる食材を買う安心感も得られる上、それにより農業従事者を支援できるという、ハワイ・リージョナル・キュイジーヌのメッセージは一般に浸透しています。  

古代から変わらぬ食材が今も大切にされながら、新たなオリジナルの食文化も形成されているハワイ。これがハワイの食文化なのです。

 

 

写真一部:ウィキペディアより

参照:https://ja.wikipedia.org/wiki/Category:ハワイの食文化

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佐野屋

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