タロイモからハワイ・リージョナル・キュイジーヌまで〜ハワイの食の歴史

 05/11/2017 : 2716 Views

ロコモコやポケ、マラサダ……。ハワイのローカルフードは多種多様な民族が住む環境の中で確立されてきたもの。ポリネシアから持ち込まれた食文化からはじまり、やがて各国の移民が集まっていくうちにハワイの食は大きく変化を遂げてきました。ハワイの食の歴史を時代背景とともに振り返ってみましょう。

 

古代ハワイアンの主食はタロイモ

ハワイ先住民のルーツはポリネシア人と言われています。彼らがハワイにやってきて、そのままポリネシアの文化が基となり、ハワイの文化が育まれていきました。ハワイの食文化の歴史もそこからはじまっています。  古代ハワイでの生活は自給自足。『アフプアア』と呼ばれる、山の頂上から海岸まで縦のラインで仕切られた共同生活地域の中で、タロイモを栽培して主食とし、魚介を獲っていました。  毎年10〜11月頃からはじまる『マカヒキ』といわれるシーズンには、住民たちは収穫の神『ロノ』や王『アリイ』に対して、タロイモやブレッドフルーツ(パンの実)、魚やバナナを捧げたといいます。

 

■タロイモ

タロイモはサトイモ科。ハワイ語では『カロ』と呼ばれ、ポリネシアからもたらされたとされています。ハワイの気候で栽培でき、他のどんな食べ物よりも生命力、滋養があると信じられていました。  

その種類は300種以上。種類によっては、根だけでなく葉も食べられていました。  

タロイモは、炭水化物やたんぱく質の他、葉にはビタミンA、B、カルシウムや鉄分も含まれているアルカリ食品です。  

タロイモの根を焼いたり蒸した後、粘りが出るまですりつぶし、好みの固さになるまで水を加えて作ったものがポイ。新鮮なポイは甘みがあり、そのままで食べられますが、日にちが経つと酸味が出ます。そんな時はミルクや砂糖を入れて食べたり、ロミロミサーモンなどのおかずと合わせて食べたりします。  

栄養価が高いことから赤ちゃんのミルクや離乳食としても使われます。また薬としても効果があり、ポイは腹痛を鎮め、タロイモの茎は止血作用があります。葉をすりつぶしてハワイ岩塩と混ぜたものは、患部に塗ると温湿布薬になります。

■ブレッドフルーツ

ハワイアンキルトの柄でおなじみのブレッドフルーツ。ハワイ語では『ウル』。日本語では『パンの実』と呼ばれます。インドネシア原産で、タロイモが育ちにくい地域では主食とされていました。蒸し焼きにするとほっくりとサツマイモのような甘みがあります。

受け継がれてきた伝統料理

1778年にキャプテン・クックがハワイ諸島を発見して以降、ハワイは西洋世界と接触を持つようになります。そんな歴史から、ハワイの伝統料理は、古代ハワイからそのままの調理方法で受け継がれてきたものや、西洋の食文化がミックスされたものなどがあります。

■カルアピッグ

豚を一頭丸ごと土中で蒸し焼きにする料理。ハワイの宴会『ルアウ』のメインディッシュとなる。「カルア」はハワイ語で蒸し焼きを意味します。

■ラウラウ

豚肉や鶏肉、魚をタロイモの葉で包み、さらにティーリーフで包んで地中に埋めて蒸したもの。「ラウラウ」はハワイ語で包むの意味を持ちます。

■ポケ

生の魚(マグロやカツオ)、茹でたタコなどをぶつ切りにして海藻やハワイアンソルト、しょう油、オイルなどを混ぜて味付けしたもの。ポケにはハワイ語で「スライスする」「みじん切りにする」という意味がありますが、英語では「ポキ」と発音されます。移民時代になるとタマネギや青ネギなど各国から持ち込まれた食材や調味料が加わり、バリエーションが増えていきました。

 

 

■ロミロミサーモン

西洋から伝わった料理で、塩漬けの生の鮭とトマト、タマネギをサイコロ状に切って混ぜるサラダ。『ルアウ』での付け合わせに盛られます。「ロミロミ」はハワイ語で揉む、マッサージするという意味があります。

■ハウピア

ココナツミルクをイモのデンプンで固めて蒸す、ゼリーやプリンのようなデザート。第二次世界大戦後は、ウェディングケーキなどのケーキの飾りとして用いられることもあります。

 

食事は男女別々だった!?

中世のハワイには『カプ(タブー)』と呼ばれる厳格な社会規範がありました。食に関する制約も多く、その一つに、調理も、食事も男女別々に行うという規定がありました。女性は男性が食事をとる家屋やタロイモを作る水田への立ち入りも許されていませんでした。『カプ』は、19世紀はじめのカメハメハ2世の時代に廃止されました。

 

移民時代にいわゆる『ローカルフード』が続々登場

1830年代、さとうきび畑が増えて砂糖産業が盛んになると、その労働者として、日本、中国、ポルトガル、ドイツ、ノルウェー、プエルトリコ、フィリピンなどさまざまな国から移民がやってきました。彼らにより食文化も持ち込まれたことからハワイの食は一気に多様化し、それが独創的でバラエティ豊かなハワイの『ローカルフード』を築き上げるきっかけとなりました。

 

 

■プレートランチ

アイスクリーム用スクープ2つのご飯と、スクープ1つのマカロニサラダに、1〜2種類の肉料理を盛り付けるプレートランチ。この習慣がはじまったのはプランテーション時代。農園で働く各国の移民労働者たちが自分たちの国のおかずを持ち寄って、互いに交換したことからはじまったとされています。弁当スタイルは移民の割合が多かった日本人による幕の内弁当の文化の影響もあったといわれています。

■ロコモコ

ロコモコの発祥は1940〜50年代。ハワイ島のヒロにあった小さなレストランで、腹ペコで懐の寂しかった高校生たちに、大きな丼にたっぷり熱いご飯を入れ、その上にハンバーグと卵の目玉焼きをのせ、店オリジナルの牛肉のブラウングレービーをかけて出したことがきっかけとされています。そのおいしさに感動した高校生らが『ロコモコ』と名付けたという一説があります。

■サイミン

農作業の合間に、日系人労働者が食べていたものがはじまりとされています。中国からの移民が伝えた中華麺に、当時手に入りやすかった干しエビを使ったスープを合わせて作ったもので、日本と中国の汁そばがヒントになって生まれたものといわれています。サイミンという名称は中国語に由来し、細い麺という意味を持っています。

 

 

■マラサダ

ポルトガル生まれの揚げドーナツとして知られるマラサダ。持ち込んだのは1880年代にサトウキビ畑の契約労働者としてポルトガルからマウイ島にやってきた移民。1950年代、その息子レオナルド・レゴ氏がオアフ島に『レナーズ・ベーカリー』を創業し、販売したところ大人気となりました。ポルトガル系移民は、毎年2月上旬~3月上旬の火曜日に開催さるキリスト教の四旬節の期間は卵や乳製品などの摂取が禁じられるので、その前にそれらを使い切ってしまうためにマラサダを作るのだそうです。

■シェイブアイス

日本でいうかき氷。もともとアイスクリームしかなかったハワイでそれを広めたのは日系移民のマツモトマモル氏がオアフ島ハレイワに1951年に開店した食料雑貨店『マツモト・グロッサリー・ストア』とされています。日本から氷削機を取り寄せ、自家製シロップをかけたかき氷を販売したところ、ハワイの気候と風土に見事に合い、大人気商品となりました。レインボーというハワイらしいフレーバーの他、アズキやモチのトッピングが定着したのも日本の食文化が根付いたハワイならではといえます。

 

 

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