4月8日は花祭り

 04/07/2017 : 683 Views

お釈迦さまの本名

お釈迦さまの本名は、パーリ語で「ゴータマ・スィッダッタ(Gotama Siddhattha)」、サンスクリット語で「ガウタマ・シッダールタ(गौतम शिद्धार्थ、Gautama Śiddhārtha)」、漢訳で「瞿曇悉達多(くどんしっだった)」といいます。

 

釈迦立像 https://ja.m.wikipedia.org/wiki/釈迦

 

「天上天下唯我独尊」の意味

「西遊記」の三蔵法師、玄奘三蔵法師が記した見聞録『大唐西域記』(646年)に、釈迦の誕生当時を伝える「誕生偈(げ)」というエピソードが記されています。「天上天下 唯我獨尊 今茲而往 生分已盡」という一節で、これを訳すと「世界の中で我のみが尊い。今ここに生まれてきたが、再び生きることはない」となり、釈迦はこの世で解脱するため「唯我独尊」であるという意味になります。これは「自分は何にも変わることのできないものとして生まれ、この命のままで尊い存在」「生きとし生けるものは、全てが尊い存在」とも解釈されます。

 

「オシャカになる」の語源

【花祭りのお釈迦さまに由来】  

失敗して物事が駄目になるという意味で「オシャカになる」という言い方がありますが、これは、花祭りのお釈迦さまに由来するという説があります。

 

【「火が強かった」→「4月8日」】

江戸時代は、江戸に金物職人がいました。金物細工を作る時、金物同士をつなぎ合わせるのにハンダを使っていましたが、ハンダの火が強すぎると、溶接した部分が溶けて、外れてしまいます。そういったものは粗悪品として捨てられていました。粗悪品ができてしまったとき、職人たちは「火が強かった」という表現をしました。江戸弁では「ヒ」の発音が「シ」になるので、「ひがつよかった」が「しがつよかった」になっていました。これが「しがつようかだ」と聞こえたため、それを「四月八日」、つまりお釈迦さまの誕生日にかけて「お釈迦」と言うようになりました。

 

【他の説】

①金物職人が鋳物で地蔵を作ろうとしたところ、顔がお釈迦さまに似てしまい、地蔵として使いものにならなかったというエピソードが由来。

②博打などで負けて無一文で裸にされることを、花祭りに登場する裸の誕生釈迦仏に例えた。

③お釈迦さまが着物を左前に来て寝ることから「経済的に苦しくなる」という意味の「左前になる」が「お釈迦になる」 に転じた、という説があります。

 

卯月八日(うづきようか)

 

【旧暦4月8日】

卯月八日とは、かつて農村で、旧暦の4月8日に行われていた行事のことです。4月8日はお釈迦さまの誕生日ですが、農村では、この時期に農地や山で仕事を始めるため、春の訪れを祝い、山に登ったり、花見をしたり、野遊びをして山の神様が降りてくるのを迎え、その年の豊作を祈願する風習がありました。仏事では、先祖の供養など、お釈迦さまの誕生日とは関係のない行事が行われていました。

 

【春の訪れを讃える】  

この日、東日本では、農事を休んで、山神を祭ったり山開きをする風習がありました。西日本では、石楠花(しゃくなげ)、山吹、卯木(うつぎ)、山躑躅(やまつつじ)などで花束を作り、竹竿の先につけて庭先や木の枝に掲げる「天道花(花立て)」をして、田の神を迎え、豊作を祈願しました。また「卯月年忌」というご先祖のお墓参りや、ご先祖のための「施餓鬼」が行われました。

 

テントバナ(兵庫県内・個人宅)

 

【影響し合った卯月八日と花祭り】

灌仏会が「花祭り」と呼ばれることは、花がよりしろとなる卯月八日の行事が、仏教行事へ影響したことに由来します。また、元々その地方にあった卯月八日の行事が、灌仏会で行われる風習の一部を取り込んで、農業と山の神、先祖を祭る独自の儀式として発達しました。

 

涅槃会(ねはんえ)

お釈迦さまは、陰暦の2月15日、80歳で入滅しました。この日、仏教寺院では「涅槃会」という法要が行われます。「涅槃」とは、お釈迦さまの入滅という意味です。入滅は、滅に入ること、つまり、肉体が滅する「死」を意味します。サンスクリット語で、涅槃は「吹き消すこと」という意味の「ニルヴァーナ」といい、ここでは、迷妄、煩悩のなくなった悟りの境地を意味します。お釈迦さまは、35歳で悟りを開き、その後45年間、人類の救済のため、多くの土地を説法行脚しました。80歳になったお釈迦さまは、最後の説法の旅に出ましたが、クシナガーラ(現在のインド北部、バラナシの北150km)のお城近くに着いた時、歩けなくなってしまい、河畔の沙羅双樹の下で、右脇を下にして顔を西に向け、頭は北に向けて横たわりました。涅槃の際、お釈迦さまの周囲には、十大弟子、諸菩薩、天部、龍、鬼、獣、虫など様々なものが集まり、別れを惜しんで嘆き悲しみました。お釈迦さまは悲嘆にくれるものたちを慰めつつ、この後も常に精進するようにと諭した後、目を閉じて涅槃に入りました。涅槃図は、その時の様子が描かれたものです。最後の説法が収められた「遺教経」は、お釈迦さまの教えが集約されている聖典で、禅宗では特に大切にされています。

 

浄土宗 見光山 大念寺 http://www.dainenzi.com/

<参考URL> ネパール観光情報局 http://www.dtac.jp 全日本仏教会 http://www.jbf.ne.jp 天台宗 湯島聖天 心城院 http://www.shinjyo-in.com コトバンク https://kotobank.jp ウィキペディア https://ja.m.wikipedia.org

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