端午の節句と鯉のぼり-意味や由来を知って楽しく過ごそう

 04/28/2018 : 470 Views

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※中国の正史『二十四史』の1つ『後漢書』に記されたもので、多くの魚が登ろうと試みた黄河上流の急流「龍門」を、鯉だけが登り切り、その鯉は龍になることができたという故事です。これにちなみ、鯉の滝登りは立身出世の象徴となりました。栄冠を手にするために通る関門「登龍門」の語源になっています。

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦菖蒲湯

菖蒲湯とは、端午の節句に菖蒲の根や葉を入れて沸かす風呂のことです。菖蒲は長いまま入れたり、刻んで入れたりと、地域によってさまざまです。漢方では、日干しにした菖蒲の根を入れた風呂が湯治療のひとつとされています。

 

【起源】

 6世紀に梁の宗懍が著した中国最古の年中行事記『荊楚歳時記(けいそさいじき)』には、長寿や健康を願って菖蒲が用いられたと記されています。春から夏へ季節が映る変わり目の端午の日は、体調を崩しやすいと考えられていたため、厄除けの力が強いとされた菖蒲を酒や風呂に用い、健康を祈願しました。

【健康効果】  

菖蒲の根の部分に多く含まれ、独特の香りの素となるアサロン、オイゲノールという精油は、腰痛、神経痛の緩和、疲労回復、血行促進、肌の保湿などの効果があると言われています。

 

日本の菖蒲湯

【室町時代】…皇族・貴族の風習だった…

6世紀に梁の宗懍が著した中国最古の年中行事記『荊楚歳時記(けいそさいじき)』には、長寿や健康を願って菖蒲が用いられたと記されています。春から夏へ季節が映る変わり目の端午の日は、体調を崩しやすいと考えられていたため、厄除けの力が強いとされた菖蒲を酒や風呂に用い、健康を祈願しました。

 

【江戸時代】…庶民にも広まった…  

江戸時代後期の年中行事が紹介された板本『東都歳事記』には、5月5日の夜か6日の朝に「諸人菖蒲湯に浴す」と記されており、各家で菖蒲湯に入る風習があったことがうかがえます。また、菖蒲の葉の鉢巻を締めて菖蒲湯に入ると、厄除けの効果がさらに高まる、頭がよくなると考えられていました。

…銭湯の菖蒲湯…  

長屋に暮らしていた庶民は、銭湯で菖蒲湯を楽しみました。俳人の宝井其角(たからいきかく・1661〜1707)は端午の節句の銭湯について「銭湯を沼になしたる菖蒲(あやめ)かな」という句を詠みました。「銭湯の湯は菖蒲に埋め尽くされて沼のようになっていた」という意味です。端午の節句の日、銭湯には「五月五日菖蒲湯仕候」という紙が貼り出され、訪れた客は普段の湯銭に祝儀を加えておひねりにし、番台の上に用意された三方に置くという習慣がありました。

 

こちらが菖蒲湯に使うサトイモ科のショウブ。

 

花を楽しむ菖蒲はアヤメ科。カキツバタも同種の植物。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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