平安時代の暮らしと王朝文化

 03/20/2018 : 1551 Views

 

 

 

○女房文学

858年、藤原良房が摂政となり、藤原氏の摂関政治が始まりました。摂関政治は、皇室に子女を嫁がせ、その子どもを天皇に立てることで摂政が外祖父となって権力を掌握するという「外戚政治」で成り立っていました。藤原氏は、天皇の歓心を入内させた子女へ向けるために、有能な女性たちを選抜して女房にし、子女に仕えさせました。藤原氏に選ばれた女房の多くは、地方を治める受領など、下級・中級貴族の出身でした。下級・中級の貴族たちは、自分の娘を女房にして絶大な権力を握る藤原氏との繋がりを持とうと、子女の教育には大変熱心だったと言います。このような背景から、この時代は、清少納言、紫式部、和泉式部など、多くの女性が優れた文学作品を著すことになりました。

 

【主な文学作品】

900年頃『竹取物語』仮名で記された日本最古の物語。作者不詳。『伊勢物語』歌物語。在原業平を主人公にしたとされ、仮名の歌と文で綴った文章を連ねる形で記されている。作者不詳。

905年 『古今和歌集』史上初の勅撰和歌集。醍醐天皇が紀貫之らに編纂を命じて作った。

974年頃 『蜻蛉日記』右大将道綱の母が記した日記。

996年頃 『枕草子』清少納言の随筆。

1005年頃 『源氏物語』紫式部が創作した物語。

1008年頃 『和泉式部日記』和泉式部が記したと言われている。

1010頃 『紫式部日記』

1018年 『和漢朗詠集』漢詩集。藤原公任(きんとう)が編集したもの。

1060年頃 『更級日記』作者は菅原考標の女(すがわらのたかすえのむすめ)。

1100年頃 『大鏡』歴史物語。作者不詳。 『今昔物語』説話集。作者は源隆国(みなもとのたかくに)と言われている。

1170年頃 『今鏡』歴史物語。作者不詳。

1190年頃 『山家集』和歌集。作者は西行。

 

○浄土信仰

9世紀前半、天台宗の僧侶だった慈覚大師(円仁・794〜864)が、中国北東部にある文殊菩薩の聖地、五台山の念仏三昧法を比叡山に伝えました。その後、恵心僧都(942〜1017)が極楽往生に関する仏教書『往生要集』を記して天台浄土宗を大成し、阿弥陀仏を対象とした浄土信仰が広まりました。浄土信仰は、貴族のみならず庶民にまで浸透しながら、国風文化の建築や美術品にも影響を与えました。

 

慈覚大師

 

○彫刻

平安中期、浄土信仰が浸透したことで阿弥陀如来像などの仏像の需要が高まり、木で作った部品を組み立てて作る「寄木造(よせぎづくり)」という技術が生まれました。寄木造では小さな木でも大きな仏像を作ることができる上、複数の仏師が流れ作業で作るため、大量生産が可能でした。

 

平等院鳳凰堂阿弥陀如来像

 

○絵画

中国風の絵画「唐絵」に対し「大和絵」と呼ばれる日本絵画の様式が生まれ、仏教絵画、山水(せんずい)屏風、壁画、物語絵などが多く描かれました。

 

源氏物語絵巻(東屋)12世紀(徳川美術館蔵)

鳥獣人物戯画 12〜13世紀(京都国立博物館蔵)

 

(日刊サン 2018.03.19)

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