平安時代の暮らしと王朝文化

 03/20/2018 : 1106 Views

 

古代日本の最終期、平安時代は、794年に桓武天皇が長岡京から平安京に都を移し、1192年*に鎌倉幕府が成立するまで約400年間も続きました。奈良時代からの律令政治が改められ、藤原氏による摂関政治や白河天皇の院政など、朝廷を中心とした王朝国家体制が隆盛を極める一方、華やかな貴族文化、さらに日本独自の国風文化が栄えた時代でもありました。今回の特集では、貴族の暮らしや国風文化を中心に、1000年前の日本をご紹介したいと思います。*1185年(文治元年)という説もあります。

 

 

『貴族の暮らし』

1日の流れ ー ゆとりのある生活

 

 

男性

平安時代の男性貴族は、役所である宮中で、現代の政治家のような国政や公務員のような事務、雑務をしていたようです。勤務時間は約4〜5時間と短く、午前7時頃に出勤し、昼前には終業していました。その後自宅に戻り、昼食をとって、午後は蹴鞠をしたりしてゆったりと過ごし、宿直(夜勤)や宴会がなければ8時頃には就寝していました。貴族の男性にとって、教養を身につけ、社交術に長けることが出世の条件だったため、蹴鞠などの遊びも仕事のうちでした。

 

 

【午前中】

●午前3時頃、起床。御所の門が開くときの合図「開諸門鼓」が目覚ましだった。

●陰陽道で、北斗七星のうち生まれた年の干支に当たる星「属星(ぞくしょう)」の名前を7回唱える。星の呼び名はそれぞれ、貪狼星(たんろうせい)巨門星(こもんせい)、禄存星(ろくそんせい)、文曲星(もんごくせい)、廉貞星(れんていせい)、武曲星(ぶごくせい)破軍星(はぐんせい)。

●暦でその日の吉凶を占い、結果が悪かった場合は家にこもって御所への出勤も取りやめていた。欠勤理由としてよくあることだったため、咎められることはなかった。

●鏡で顔をチェック。

●楊枝で歯磨きをする。

●西に向かって手を洗う。

●尊重している仏の名を唱え、信仰する神社を心に浮かべてお祈りする。

●昨日を振り返って日記を書く。

●軽食としてお粥を食べる。

●髪をすく。

●3日に1回、爪を切る。手の爪は丑の日、足の爪は寅の日に切っていた。

●5日に1回、縁起のよい日に沐浴する。

●衣服を身に付ける。

●午前7時頃、御所に出勤。

●午前11時半頃、退勤。

●帰宅。

 

【午後】

●和歌を詠んだり、囲碁をしたり、庭で蹴鞠をして過ごす。

●午後6時頃、夕食。

●季節によって、釣殿で月見を楽しんだり、宴会をしたりする。

●予定がなければ、午後8時頃に就寝。

 

 

女性

女性は、基本的に住居の外には出ませんでした。高貴な女性では、立ち歩くのすらまれな人もいたといいます。午前中の行動は、衣服を身に付けるところまでは大体男性と同じですが、その後は囲碁や貝合わせで遊んだり、女房たちと集まって絵物語を眺めたり、和歌を詠んだり、お喋りをしたりなどして、ゆったりと1日を過ごしていました。

 

 

服装  − 毎日がフォーマルウエア

 

男性

●束帯(そくたい): 貴族の男性の正装で、「日の装束」とも呼ばれました。中の方から、単(ひとえ)、袙(あこめ)、下襲(したがさね)、半臂(はんぴ)、袍(ほう)を着て、腰に革製のベルト、石帯(せきたい)を締めます。袴は2枚あり、大口袴(おおぐちばかま) の上に表袴(うえのはかま)を履き、頭には冠を乗せ、足には襪(しとうず)を履きました。懐には帖紙(たとう)、檜扇(ひおうぎ)を入れ、笏を持ちます。公卿や殿上人は魚袋(ぎょたい)という魚の模様があしらわれた板状の装飾を石帯に吊るしました。

 

a 冠(かんむり)、b 袍(ほう)、c 飾太刀(かざりだち)、d 笏(しゃく)、e 平緒(ひらお)、f 下襲(したがさね)の裾、g 表袴(うえのはかま)、 h 大口袴(おおぐちばかま)

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