ハワイの服飾特集

 08/26/2016 : 532 Views

ハワイの服飾の歴史

ハワイを代表する洋服といえばアロハシャツとムームーですが、ハワイの服飾の歴史は太平洋を渡ってやってきたポリネシア人たちが持ち込んだ文化からはじまります。その後、ハワイの歴史と大きく関係して変遷を遂げるのです。ハワイオリジナルの服飾について、その起源からハワイの正装として知っておきたい基本情報までをチェックしましょう! 

 

樹皮で作った服をまとった古代ハワイ

ハワイ先住民たちの時代は、ポリネシアの伝統的な『タパ』で作った衣服を身につけていました。  タパは、カジノキの樹皮で作る布で、樹皮を水に浸して柔らかくして、その表面を削り、さらに棒で叩いて伸ばして、乾燥させて作られます。  

この布地を使って仕上げる衣服は、男性は『マロ』と呼ばれるふんどしのようなもので、女性は『パウ』というスカート状のものでした。防寒として用いられたのは、タパ生地によるキヘイと呼ばれるケープでした。  

布地に植物や土により色や模様をつけるなどしてデザインを考え、細いタパを腕や足に巻いて装飾とするなど、おしゃれを楽しんだとされています。

 

西洋服飾が伝来

1778年、キャプテン・クックによりハワイ諸島が発見され、1820年にはアメリカからキリスト教宣教師がハワイにやってきます。こうした時代背景のもと、欧米からの文化がハワイへ伝わりました。

【男性はシャツの時代へ 】1800年代はじめ、ハワイ諸島を訪れたイギリスやアメリカの船員たちが着ていたのはフロックと呼ばれる長袖のシャツ。一方でアメリカの開拓者たちが着ていた1000(サウザンド)マイルシャツと呼ばれる作業服も伝わり、ハワイでもシャツが広まりました。諸説あるアロハシャツの原型はフロック、または1000マイルシャツと言われています。

【女性はドレスを身につけるように】1820年のカメハメハ2世の時代、宣教師の妻たちが着用していたドレスが、最初に王族に伝わりました。その後徐々に一般にも広まっていったのでした。  

布地についても、それまで使用していた布地タパから、レースやシルクなどの生地が出回りました。  

体型や気候の違いもあったことから、西洋のドレスはハワイアンスタイルにアレンジされ、できあがったのが『ムームー』でした。もう一つの代表的なドレスは『ホロク』と呼ばれるフォーマルなタイプで、ヨーク(切り替え布)がつき、後ろの裾が長いドレスでした。

 

農園の作業着がアロハシャツの原点

ハワイに移民が渡ってきた1860年代。サトウキビ農園での重労働に耐えられる丈夫な『パラカシャツ』が広まりました。ズボンの上に出して着られ、動きやすい開襟シャツで、その代表的な柄がチェック柄でした。『パラカ』という名前は、その原型とされるフロックがハワイの人たちの間で『パラカ』に変わり、やがてパラカシャツと呼ばれるようになったと言われています。

本から着物を持参していた日系移民は、着古した着物や浴衣の生地でこのシャツを作るようになりました。一方で日本の着物に魅せられたハワイの人がシャツに仕立てることを依頼したという話もあります。

 

アロハシャツの名前が定着

洋装が広まりはじめた当時のハワイ。最初の官約移民の一人が創業したムサシヤ商店などが仕立てたシャツが売り出されるようになりました。1935年、ムサシヤ商店がホノルルアドバタイザー紙の広告で『アロハシャツ』という言葉を使用しました。1936年には中国系商人エラリー・J・チャンが『アロハスポーツウェア』、1937年には『アロハシャツ』の商標登録を申請しました。こうした流れよりアロハシャツという呼び名が定着したとされています。

 

観光地化でお土産ブーム

第二次世界大戦前、アロハシャツが地元ハワイで浸透する一方で、アメリカ本土からの観光客が増えたことを背景に、お土産にアロハシャツを買い求める人も増えていきました。戦時中にハワイに立ち寄った米兵たちが休日にアロハシャツを着て出かけていたとも言われています。  当初は和柄が多かったアロハシャツですが、アメリカ本土や日本から生地を輸入するようになると、柄や素材が多様化していきます。特に高度な染色技術を持つ京都などで多くの生地が作られ、ハワイに送られるようになりました。南国風の絵柄が増えたのはこの頃です。  

戦後、観光地としてハワイ人気が確立されていく中で、アロハシャツはお土産としてさらに人気を博すようになっていくのでした。

 

アロハシャツ黄金時代

当初はシルク製だったアロハシャツに、レーヨン素材が誕生しました。レーヨンは、発色がよく、耐久性に優れ、低コストだったことからアロハシャツの生地として定着しました。1950年前後にはアロハシャツを生産するメーカーが次々と誕生し、ハワイにおけるアパレル産業は、砂糖とパイナップルに次ぐ産業となりました。  

1947年には、職場でアロハシャツを着て勤務する『アロハウィーク』が認められ、1948年に、シャツメーカーなどによるキャンペーンとして水曜日にアロハシャツを着て働くことを奨励する『アロハウェンズデー』が広まりました。さらに、1956年にはファッション組合によってカジュアルウェアデーとして『アロハフライデー』のキャンペーンがはじまりました。

 

アロハシャツの多様化

1960年代に、ポリエステルが登場すると、丈夫で洗濯しやすいことなどから、アロハシャツ素材の主流はポリエステルとなりました。さまざまなキャンペーンの効果もあり、ハワイでの日常生活にアロハシャツが定着していきます。デザインも多様化し、伝統的な開襟シャツだけでなく、頭からかぶって着るプルオーバーやボタンダウンなども作られるようになりました。いわゆるリバースプリントと呼ばれ、落ち着いたトーンが今もビジネスシーンで人気の、裏地使いのアロハシャツが出はじめたのもこの頃です。

 

『ムームー』と『ホロク』の 名前の由来

ハワイ語で『ムームー』は “切る” という意味があります。温暖な気候に合わせて袖や襟口、裾を短く切ったことから名付けられたと言われています。また『ホロ』は“走る”、『ク』は “止まる”を意味することから、当時伝わった足踏みミシンを動かしてドレスを作るところに由来するとされています。

1910年代のホロク

Mary Irwin Holkley所有(ハワイ大学)

 

ヴィンテージアロハとは!?

アロハシャツが進化を遂げ、その全盛期と言われる1950年代に作られたものがヴィンテージアロハ。生地は肌触りが良く、ドレープや光沢が美しいレーヨン素材。染めは抜染といい、生地を地染めした後に柄の部分の色を抜き、同時に他の色で染め付ける手法。または色を重ねるオーバープリント。ボタンはココナッツや貝など自然素材のものが使用されています。縫製はダブルステッチ。縫い目による柄のズレがないなど細部にこだわって作られているのがヴィンテージアロハの特徴です。

ヴィンテージアロハシャツ

 

アロハ・アタイア

戦後、アロハシャツのバリエーションが豊富になり、次第に正装として着用されるようになりました。『アロハ・アタイア』と言われるハワイのドレスコードは、男性はアロハシャツで女性はムームー。ドレスコードのあるレストラン、レセプション、冠婚葬祭で正装として認められています。ただし気をつけたいのは、TPOへの配慮が必要ということ。素材、形、着こなし方、さらにはそのモチーフが持つ意味も考えて選びましょう。

 

■素材と形

正統なアロハシャツとしてオススメはシルク素材の開襟シャツ。

 

■コーディネート

アロハシャツに合わせるのは長ズボン(スラックス)。色は白やベージュが一般的ですが、シャツに合わせてコーディネートします。靴は革靴が理想的。ムームーに合わせる靴はパンプス。ビーチウェディングの場合はサンダルでもOK。

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