相撲錦絵の第一人者 木下大門氏のSUMO Column

 04/10/2018 : 997 Views

大鵬の孫、納谷は心技体すごいぞ、 横綱への成長の錦絵、描き続けます

私は北海道の出身なので、昔から北海道新聞に載る郷土出身力士の欄をよく見ていた。番付表に納谷の文字を見たのは、私が小学校の4年だったろうか。当時はまだふんどしかつぎの時代で、番付表の納谷の文字も虫眼鏡で見つけたような記憶がある。本名だった納谷の四股名が「大鵬」になったのは1959年、19歳の夏場所の新十両から。瞬く間の快進撃に、大鵬の出身地で私の故郷でもある弟子屈町は後援会を結成し、郷土にある摩周湖を描いた化粧まわしを贈った。

 

来年60年の節目に大鵬の孫、関取になる

2018年春場所の番付、序の口18枚目に再び納谷の小さな文字があるのを虫眼鏡で発見。一瞬で60年前、納谷改め、「大鵬」誕生の興奮が蘇った。納谷幸之介(18、大嶽部屋)は、母方の祖父が幕内32回の優勝を誇る昭和の大横綱、大鵬(故・納谷幸喜氏)で、父は元関脇貴闘力という、最強のDNAを受け継いだ大型新人だ。閑話休題。今年、札幌定山渓で弟子屈中学卒業同期会を開催することになった。私の発案で文書を作成、宛名書きと150名ヘの発送をすました。3月、出席の返事が29名だと幹事から連絡があったので「30名になったら、納谷の絵を描いて出席者に贈る」と、返事をした。数時間後、「出席ハガキが届いて30名になった!」とメールが。納谷の錦絵はこうして描くことになったのです。初場所の出世披露で納谷幸之介は、おじいちゃんの化粧まわしを両手で抱きかかえるようにして土俵に上がった。そんきょして顔をあげた時、本来なら両手を膝に移すのだが、偉大な祖父に触れたままの孫の姿をあえて描きました。

 

納谷三兄弟揃っての横綱土俵入りも夢じゃない

春場所の納谷はNHKの放送枠にないため、インターネットTVで観戦。血筋、格の違いを感じた。受け答えも堂々として心が太いことがわかる。同じく期待の新人、宮城野部屋の炎鵬が6場所で関取になったのだから、納谷も1年後には関取になるだろう。納谷は4人兄弟の三男。中央大学相撲部にいる次男、高校生の四男もじきに大嶽部屋に入門することだろう。三兄弟の揃い踏みが見ものです。露払い、太刀持ちも三兄弟そろっての横綱土俵入りの絵を描く日は数年後かもしれない。三人のうち誰が先に綱を締めるのかわくわくする。若貴時代を凌ぐ、大鵬三兄弟時代がくるのが見える。 国技館錦絵売り場に来る相撲通のお客さん達が、納谷の絵を待ち望んでいるので、夏場所から中判錦絵と絵はがきを売り場に並べます。番付外の新序出世披露の力士が絵はがきになるのは史上初めてでしょう。納谷の錦絵は、進撃を重ねる節目ごとに追い続け描き続けます。

 

 

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(日刊サン 2017. 04. 10)

木下大門・Kinoshita Daimon

1946年北海道弟屈町出身、大相撲絵師。明治時代に絶滅していた相撲錦絵を、江戸時代の手法そのままに蘇らせた功労者。現在の両国国技館が完成した時から、日本大相撲協会お墨付きの絵師として30年以上第一線で活躍している。今年はベネチアビエンナーレに作品を出展。最も面白い企画展だったと大絶賛された。


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